第21話 崩壊の鍵

「『玉兎ぎょくとの民』というのは、白髪赤目の人種のことじゃ。玉はスフィア、兎は幻獣を表す。聯球儀イリアステルを統べる王族のことじゃな」

「じゃあ、さっき言ってた『金烏の民』は?」

「『金烏きんうの民』とは、玉兎以外の人間のことじゃ。金は金属、つまり星鉄。烏は鳥じゃな。奴らはスフィアを鳥のように行き来するじゃろう。星鉄を使い、スフィアを渡る者達」

「僕も月沙レゴリスを使えるの?」

「待て待て。次は妾の質問じゃ。お主、どこで生まれた?」

「知らない。僕は労働孤児だったんだよ。工場でエンジニアしてたんだ」

「労働孤児? 王族がか? ありえぬ」

「そんなこと言われても……。捨てられたのかも」

「それこそありえぬ。鉄ウサギは希少種じゃ。どのような政治的思惑があったとしても。こんな辺境のスフィア外縁部へ捨てるなど」

「じゃあ、なに。僕は王族じゃないってこと?」

「待て。それも無い。お主が玉兎でないなら今頃、先程の月沙レゴリスでお主は少なくとも怪我をしておる筈じゃ」

「えっ」


 アナは、腕を組んで考える。首を傾けて、可能性を探る。


「…………妾は今回、革命軍に興味が湧いてここまで来た」

「そうなんだ。危ないよ」

「じゃが先程も見たように、革命軍は既にこのスフィアに王族が居ると知っておった」

「…………それって、アナじゃなくて僕のことだよね。多分、クーロン達が言ったんだよ。白髪赤目の子が居るって」

「労働孤児の仲間か? それにしてもおかしいぞ。革命軍ごときが、王族ウサギの特徴を知っている筈が無い」

「あー……。普通は知られてないんだもんね」

「それが、『鍵』だと……? そもそも何故、八芒星ベツレヘムを打倒することが目的の筈の革命軍が、こんな最も遠いスフィアで蜂起した? 廿四球儀アストロジアの治安維持部隊が続々と集まる。逃げ場など無い。おかしいじゃろう」

「うーん……?」


 ルピルも同じく首を傾げる。だがそれは、アナが何を言っているのかが分かっていないだけである。

 そんなルピルを、その赤い瞳に映すアナ。


「………………としたら?」

「えっ?」

「ルピル。その工場での仕事、お主にとっては簡単ではなかったか?」

「え。えっと……。そう、かな。皆が専門の機器や道具を使わないと出来ないような星鉄加工も、僕なら手作業でできたりしたよ」

「……やはり『鉄ウサギ』か。その能力に気付いたのはいつ頃じゃ」

「そうだね。2年くらい前かな」

「………………」


 アナは睨み付けるようにルピルを観察する。


「…………革命軍が蜂起したのは、ラムダ-4だけではない」

「あ、そうなの?」

「他に7つのスフィアで、ほぼ同時に起きた。そのスフィアは、いずれもラムダ-4と同じく、聯球儀イリアステルの『一番角』の7ヶ所じゃ」

「ふうん」

「………………『鍵』、か。ルピル、今何歳じゃ」

「えっと。13歳になったばかりだよ」

「いつじゃ」

「革命のあった日」

「………………!!」


 アナが、顔を引き攣らせた。


「アナ?」


 そして、ワンピースから通信機を勢いよく取り出して、叫んだ。


「ワタオ!! どこで何をしているワタオ!」

『ヒッ! お嬢様!? ようやく繋がった……! お嬢様、今どこに――!』

「うるさい無能! 他に会話を聴かれるな! 良いか!?」

『ヒィッ! はい! 大丈夫です!』


 通信機から、男性の声が聴こえてきた。アナの知り合いだろうか。ルピルは黙って通話を聴く。


「街外れの公園じゃ! 繁華街と商業区画の間から見て南西! はよ来い! 一刻を争うぞ!」

『かっ! かしこまりました!』

「それと革命軍の言う『鍵』は妾が確保しておる! 至急、ゾディア・ロードの手配じゃ! こやつをオオアマナへ直で連れ帰る! 革命軍の手に渡らせてはならぬ! 聯球儀イリアステルが崩壊するぞ!」

『ヒィッ!』


 ブツリ。勢いのまま捲し立て、通信を切った。ふうふうと息が上がっているアナは、続いてルピルの両肩を掴んだ。


「どうしたの?」

「聞いたじゃろ。お主が革命軍の手に渡った瞬間に、聯球儀イリアステルは崩壊する。それは避けねばならぬ。もう、他の『鍵』は奴らに渡っておるじゃろう。後はお主だけじゃ」

「どういうこと?」

「…………っ! この場で説明は――」


 明らかに焦っている様子のアナ。何のことだか分からないルピルとの温度差がある。

 彼女は冷静にアナの肩越しに、見知った人物の影を見付けた。


「各スフィアの中心部には、高純度の星鉄で出来たコアがある」

「!」


 男声。アナは驚いて振り返る。

 ルピルはほっと胸を撫で下ろした。


「何じゃ貴様は……!」

「ユリウスさん」

「!?」


 茶髪パーマの、白衣の男。ユリウスが丁度、公園の入口にやってきていた。


「ウサギの『星鉄加工能力』によって、スフィアコアの活動を停止させる。するとスフィアは崩壊を始める。……中途半端な場所だと駄目なんだろう。端の。角のスフィアからやらないと、崩壊した大量の巨大星鉄が虚空界アーカーシャへ出ないから」

「貴様……!? ユリウスだと? 貴様はまさかっ! ユリウス・フルフィウスか!」


 ふう、と。ユリウスも深く息を吐いた。ルピルが無事だったのだ。疲れた笑みが見える。


「俺を知ってくださっているとは光栄だね。お姫様。……ともかく、見つかる前に移動しよう。俺の星間車なら安全だ。ここからも近い」

「…………おいルピル」

「うん。大丈夫だよ。ユリウスさんは変人だけど信頼できる」

「………………ワタオ。集合場所の変更だ」

『ヒィッ!?』


 ルピルがユリウスへ駆け寄るのを見て。アナも、警戒を解いた。

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