第20話 2羽のウサギ

 キルトは、アルテの指示通りに来た道を戻っていた。だがルピルは見付からないまま、ゲートの待機所が見えてきてしまった。


「……戻ってる可能性もあるか。一応」


 ロゴの無いユリウスの星間車へ戻る。ドアを開けたが、そこには居ない。


「……ユリウス。ルピルが戻って来なかったか?」

「………………」

「ユリウス?」


 運転席のユリウスは、ラジオに集中している様子だった。新聞は全て読み終えたのか、畳まれてリビングスペースのテーブルに置かれている。


『……繰り返す。我々は革命軍。八芒星ベツレヘムによる、不当に民に苦労を強いる現状を破壊する。各所に用意した「鍵」により、現政府の不正と真の歴史が白日の元に晒されるだろう』


 放送しているラジオは、ひとつだけだった。そのひとつのみチャンネルを合わせて、それ以外のラジオを止めていた。


「……鍵、だと? どういうことだ……」

「おい、ユリウス?」


 ユリウスはその茶髪を掻き上げる。どこか一点を見詰め、思考する。キルトの声はまだ届いていない。


『市民の方には「鍵」の捜索と引渡しを依頼したい。ラムダ-4の「鍵」は女児だ。白い髪に赤い瞳。3つの都市のどこかに居る。我々の仲間だ。連れて来て欲しい。繰り返す――ザザッ』


 ラジオはそこで、不自然に止まった。


「おいどうした。故障か?」

「違う。局が無理矢理切ったんだ」

「うおっ。キルト?」


 ユリウスが止まったラジオを確認した所で、キルトがそれを手に取り上げる。そこでようやく、ユリウスはキルトに気付いた。


「………………これ以上聴かれては不都合だったと。そういうことか」

「だろうな。今言ってたのはウサギのことだろ。王族の特徴だ」

「…………既に狙われている。ん? キルト、他の皆はどうした」

「服屋に着いた所でルピルとはぐれたんだ。今はアルテと手分けして捜してる。エリーチェは服屋で待機」

「ヤバいな。俺も出よう」

「良いのか? 車」

「ああ。どうせ出発は夜だ。急いで捜そう。もしも既に攫われていたら、何としても取り返す」


 ユリウスとキルトは星間車から降りる。


「……革命軍が王族を欲する理由はなんだ? 俺は人質を危惧していたが、どうも違うらしい。真の歴史? 『鍵』? 何故ラムダ-4に王族が居ると分かる?」

「ユリウス、俺はもう一度服屋まで辿るよ」

「……ああ。俺は少し外れた所を見よう。君達やアルテには危険そうな所を。君も気を付けろよ」


 ブツブツと考察しながら、ユリウスは去っていった。






***






「ルピルーー! ルピルーー!!」


 叫ぶ。

 女性の高い声はよく通る。街の皆が、すれ違う度に彼女に目を向けていた。


「はぁ、はぁ。もしルピルが危ない目に遭っていたら。暴漢にでも襲われていたら。ああ、駄目です。居ても立っても居られない。ルピル、ああルピル」


 アルテは挙動不審に街中を駆け巡っていた。


「あの、すみません」

「はい!?」


 つまりは目立っていた。彼女はひとりの男性に話し掛けられる。執事服を着た男性に。


「申し訳ありませんが私も人捜しをしておりまして。街中を捜す貴女なら見掛けていないかと」

「どんな人ですか」

「少女です。白い髪と、赤い瞳。少し態度が大きい子で」

「ウサギっ!?」

「は? 何故その幻獣の名を……!?」


 執事服の男性の口から出たのは、アルテが捜している少女の特徴だった。


「…………それは、私の捜している子でしょうか」

「はい……? その、貴女の叫んでいたのはルピルという名前では?」

「あなたの捜し人の名前は違うのですね」

「はい」

「……………………」


 アルテは。

 少し考えてから、口を開いた。


「あなたは王族の付き人ですね」

「…………はい。貴女もですか」

「似たようなものです。行き先に心当たりは? 通信手段などはありませんか?」

「通信機はありますが……。先程から繋がらないのです」

「………………ふむ」


 何が起きているのか。この、聯球儀イリアステルの端の端、ラムダ-4に。

 ウサギが、ふたり。同じ都市に居るなど。






***






「ほれ。見えるか」

「うん。細か〜い砂だね。キラキラしてる」


 所変わって。

 ルピルはサイドテールの少女に付いて、公園へやってきていた。都市の喧騒から離れたこの場所は、少女にとって都合が良かった。人に見られずに、ルピルに説明ができるからだ。


 彼女の右手からさらさらと、極小の粒が溢れる。それを両手で器を作って受け取るルピル。


「これが月沙レゴリス八芒星ベツレヘム中枢でのみ採れる希少な砂じゃ。これが星鉄機器に入ると機器は故障する。人の目鼻に入ると最悪失明、気管に入ると肺や臓器を破壊する。危険な砂じゃ」

「へえ、危ないじゃん」

「心配するな。妾達、玉兎ぎょくとの民にとっては無害じゃ。あくまで金烏きんうの民と星鉄文明にとっての有害物質であるだけじゃ」


 ふわり。ルピルの両手に溜まった月沙レゴリスが、逆再生のようにひとりでに持ち上がった。


「わっ」


 さらさらと、数珠繫ぎのようになって少女の手へと戻っていく。

 そのまま腕を伝って、彼女の白いワンピースの中へと戻っていった。


「玉兎の民の内、妾のような『砂ウサギ』に流れる血には、この月沙レゴリスが反応する不思議な磁力のようなものが流れておる。それによってこの月沙レゴリスを操り、先程は暴漢を撃退した訳じゃ。魔法などではなく、これも科学。それなりに訓練の要る技術じゃが」

「そうなんだ。凄い」

「ふっふっふ。素直なリアクションを取るのう、お主」


 そして、翳していた右手をそのまま自身の胸に当て、片足を引いて王族の挨拶をした。


「妾はアナ・タイシャクテン。八芒星ベツレヘムがひとつ、『オオアマナ』出身の『砂ウサギ』じゃ」

「アナ。よろしくね。僕もその、玉兎の民? だと思うんだけど。全然そういうの知らなくて」

「妾もお主に訊きたいことがある。ウサギ同士、情報交換と行こうぞ。ルピル」

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