第17話 ニアミス

 パアン。


「ヒィッ!」


 乾いた破裂音が鳴った。音は大きい割りに、さほど痛くはないらしい。背中を叩かれた男性は歓喜に似た悲鳴を挙げた。


「本当に貴様は無能じゃのう。ステーションを間違えよって。何のために妾がこんな外スフィアの端に来たと思っておる。『かくめい』とやらを見に来たんじゃろうが」


 悶える黒い執事服の男性の側に少女が立っている。その右手には短い鞭のようなものが握られている。


「しかし姫様。王族がこのような外縁部下層に来るものではありませぬ」

「うるさいのう」


 清潔な白いワンピース。白い髪をサイドテールにした、赤い瞳の少女。


「中枢は退屈じゃ。妾は刺激が欲しい。分かるか無能」

「刺激であれば、私が」

「馬鹿者。そういうことではないわ」


 ピシャリ。破裂音が再度鳴る。


「……む?」


 彼女はその瞳で、鉄道のあるステーションの反対側のホームにひとりの少女を捉えた。


「ほら見ろ無能。あちらに妾のように外縁部へ物見に来た王族ウサギの女がおる。誰ぞ名前は知らんが、考えることは妾と同じじゃろう。暇な王族がしばしば外へ出ていることなど黙認されておる筈じゃ」

「えっ。そんな筈は……ヒィッ」

「うるさい」


 パチン。同時に悲鳴。


「……ふむ。小汚い格好じゃ。周りの護衛は労働孤児か? バレないよう溶け込んでおるのか。小銭か食料で懐柔して。妾より上手うわてじゃのう。じゃが、妾と同じくステーションを間違えたらしい。普段中枢にしか居らぬと、外縁部へ出た時に地理が分からぬからのう」


 彼女はうんうんと頷きながら、ホーム備え付けの椅子に座った。


「何をしている無能。さっさとゾディア・ロードの準備をしてこい。今度は間違えるなよ」

「かしこまりましたッ!」


 執事服の男性が慌てて走り去った後、彼女はすぐに椅子から立ち上がった。


「これで『自由』の出来上がりじゃ。さて」






***






「どうする? 一度車に戻る?」


 両手に紙袋を提げたルピルを見て、エリーチェが訊ねた。

 中身は勿論新聞である。本屋に行かずとも、ステーションの売店で売られていたのだ。本屋に行けず、エリーチェは少し不服そうであるが。


「そうだな。新聞をユリウスに渡してからまた出るか。そっちの方が気兼ねなく行動できるよな」

「エリーチェ半分持ってよ」

「勿論」


 キルトは通信機を使ってユリウスと通話を始めた。それを待っている間、ふたりはステーションの椅子に腰掛ける。


「あれ?」

「なに?」


 ルピルが、反対側のホームを見た。


「……今。白い髪の子が居たような。降りて行っちゃった。市街地へ降りたのかな」

「え。それって、王族? そんなまさか。王族って八芒星ベツレヘムに居るんでしょ? それか、他のスフィアだとしても中枢の筈よ」

「うーん。そうだよね。目の色までは見えなかったし。ただ髪が白い子だったって訳か」

「あんな話を聞いた後だもの。意識しちゃうわよね」


 エリーチェは首を傾げるルピルを見て、半分無意識に彼女の髪を撫でた。


「……?」

「えっ。あっ。……ごめんなさい。えっと。ルピルが可愛くて」


 思い返して見れば。

 ルピルという人物は、どこか小動物のような特徴があったように思える。少なくともエリーチェの目には、そう映っていた。

 リリンにとっては、手の掛かる妹のようだっただろう。エリーチェにとっては、一方的な話し相手だった。

 ウサギの話を聞いた後で、都合よく記憶し直しているのかもしれないが。

 彼女より少し小柄なルピルを見ていると、撫でたくなってしまったのだ。


「良いですね。実に良いです」

「わっ」


 唐突に。

 アルテが目の前に現れた。


「おっ……。早いな。今アルテがこっちに向かってるって言おうとしてた」


 通話を終えたキルトも戻ってきた。

 アルテはいつものキャミソールの上から白衣を着ていた。

 ルピルとエリーチェから、新聞の入った紙袋を受け取る。


「現在車が待機している場所に案内します。戻るべき場所が分かっていた方が良いでしょう」

「分かりました」


 アルテに付いて、ホームを出る。そこからはエレベーターだ。現在は外縁部。ここから一層下の、第5層まで降りる。


「関所が大変混んでいるようで、外縁部だけでなく他の層のゲートへと誘導されているようです。私達の星間車は第5層のゲートになりました」


 エレベーターはガラス貼りになっており、第5層都市の街並みが見える。別の場所とはいえ、ルピル達が年に一度しか来れない都市を上から見下ろすことは彼女達にとって感慨深いものがあった。


「まだ結構掛かりそうですね」

「はい。なので、色々考えてあります」

「えっ?」


 エリーチェが訊ねる。彼女は本屋へ行きたいのだ。

 しかし。質問に答えたアルテの眼鏡が、キラリと光ったように見えた。

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