第18話 変人しかいない

 エレベーターから降りて、星間線ゾディア・ライン沿いに10分ほど歩く。繁華街から外れて、公園や空き地が多くなってきた。見えてきたのは、星間線ゾディア・ラインへ出るゲート。

 ここでも何台もの星間車が列を作っていた。ゲートのさらに上を見ると、星間車用のエレベーターリフトが見える。まだまだ第5層へ降ろされて来るようだ。


「おっ。早いな。助かったよ」


 彼らの星間車へ戻ると、ユリウスは運転席で食事を摂っていた。


『――ラムダ評議会は明日中にも――』

『――こちらは現場から5キロほど離れた――』

『――依然として犯人グループの目的は――』

『――ギャハハ! ということでこの時間は――』


 車内から、沢山の声が送られている。複数台のラジオで、別々のチャンネルを聴いているのだ。


「えっ?」


 エリーチェが、戸惑いの声を挙げた。


「ああ、新聞はここに置いておいてくれ」


 アルテが助手席に新聞の束をどさりと置く。するとユリウスは、その内ふたつを広げて読み始めた。


「…………!」


 その異様な光景に呆然とする3人。そこでアルテが眼鏡を触る。


「……あなた達、私を変人だと思っているでしょう。けれど、ベクトルが違えど教授の方が変人です。この人は『これ』ができるように昔から時間を掛けて『これ』の鍛錬を積んでいました。馬鹿です」

「ははは。同時に沢山の情報を得られると効率的だからな」

「…………しかし娯楽チャンネルは流石に不要かと」

「ははは……」


 ここには変人しか居ない。

 キルトは色々と諦めるしかないのだと悟った。






***






「さて。あなた達の服を買いましょう。その作業着のままでは労働孤児にしか見えず、都市では目立ちます」


 アルテが、3人にそう告げた。新聞を買った余りの、自由にして良いお金の使い道についてだ。


「…………服、か。確かに。まあ俺はあんまり気にしないけど」

「僕も別に……。キルトとエリーチェは良いけど、僕はこの研究室でも虚空界アーカーシャへ出て仕事するしなあ」

「……私も、本さえ読めれば別に……」


 しかし。この3人の子供達もまた、変人なのだ。アルテの眼鏡が一層ギラリと光る。


「駄目です。これから色んな所へ行きます。ウチの大学や至る都市、街へ。そんな時、私と一緒に歩く子達がお洒落をしていないなど許されません。特にルピルとエリーチェ。あなた達は自分達の価値を分かっていない。あなた達が可愛くするのは義務であり法律です」


 そして。アルテも負けていない。必ず服屋と美容室へ行くのだという強い気概を感じられる。


「…………まあ、僕らのお金じゃないし……ね?」

「ええ。今まで服屋さんなんて行ったこと無かったし、買って貰えるならなんだって嬉しいですけど」

「そもそも俺らに金かけて良いのか? あんた達は」

「良いのです!」

「わっ」

「あなた達は子供なのです! さあ行きましょう! この都市にも私のよく利用するブランドがあります! さあさあ!」


 アルテがふんふんと鼻を鳴らしながら、右手でエリーチェ、左手でキルトの腕を掴まえてズンズンと歩き始めた。


「あなた達はもう、労働孤児ではないのですから」

「……あはは。アルテさんも変な人」


 ルピルも付いていく。


「……時にエリーチェ」

「はい?」

「あなた髪を伸ばしませんか?」

「えっ」


 ふと、思い付いたように言われて。エリーチェは握られていない方の手で自分の黒髪に触れた。

 下を向いて本を読む時に邪魔になるからと、いつも短く切っていたのだ。


「…………どう、なんでしょう」

「きっと似合います。いえ、確実に絶対似合います」

「……それって、アルテさんの好みとかじゃ」

「はい!」

「…………良い返事」


 アルテの曇りなき青い瞳に、エリーチェの黒髪が映る。エリーチェは、昔リリンと似たような話題で話したことを思い出した。


「…………キルトは、どう思う?」

「えっ」


 振られて、キルトは。

 ポリポリと頭を掻きながら、上を向いて目を瞑る。それから数秒考えて。


「……まあ、似合うと、思う、かな」

「!」


 そう言った。


「じゃあ……。伸ばしてみよっかな……」

「!」


 そんな会話を、ふたりの間で聞いて。


「ああ…………最高」


 アルテは変な声を漏らして歓喜していた。






***






「うーん……。流石に居ないよね」


 街中で、つい探してしまっている。ルピルは先程ホームで見掛けた『白い髪の少女』が、まだ近くに居ないかと思っていた。

 本当に王族なら、話をしたいと思ったのだ。


「…………あれ?」


 ふと。

 前方に居た筈の3人が居ないことに気付く。興奮するアルテの歩行速度が徐々に上がっていたことが原因かもしれない。


「うーん。まあ、星間車の場所は分かるからいっか。僕も僕で調べ物でもしようかな。お金は無いけど」


 まずは図書館でも探そうと歩を進める。伴って、服屋や美容室の方角からは外れていく。


「王族の特徴、知られてないなら図書館の本でも書かれてないとは思うけど。というかそんな難しい本、僕読めるかな……」


 因みに、彼女が現在適当に向かっている方角には、図書館は無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る