第15話 エリーチェの朝

 エリーチェの朝は、まず自分がどこでどうやって寝たかを思い出すことから始まる。


「………………」


 いつも決まった景色ではない。どこで寝落ちしてもおかしくないと自覚もしている。


「………………ふぅ」


 だが、ここ最近は少し違う。

 朝起きると、誰かが側に居るのだ。一緒に寝ていたということになる。良い匂いのするふかふかの布団で。


「(……もっと小さい頃は皆で雑魚寝してたの思い出すなあ)」


 今日はルピルが左側に。そしてキルトが右側に居た。エリーチェは懐かしさと嬉しさと恥ずかしさを同時に味わっていた。


「……キルト」


 呼ぶが、応えは無い。寝るのが自分達より遅かったのだ。まだしばらくは起きないだろう。

 彼は、プレゼントをくれた。栞である。高価なものではない。だが、それは関係無い。

 あの生活で。強制労働で。薄給で。皆、自分の為に使うのが当たり前で。それが精一杯で。

 だからこそ、あの生活の中で、『プレゼント』というのは特別な意味を持つ。


「…………」


 まだ、自分の中で答えを出せない。まだ、プレゼントをくれただけなのだ。エリーチェは今のこの3人の関係が好きだった。もう少し、このままで良いと思っている。


「……エリーチェ」

「なに? おはようルピル」


 背中でキルトの体温を感じていると、正面のルピルの瞼が開く。赤い瞳。宝石のように綺麗だ。白い髪と、とてもよく似合う。神秘的とさえ思う。

 そんな宝石が、眉尻を下げてこちらを見つめていた。


「僕、本当に王族なのかな」

「…………」


 その質問の答えを、エリーチェは持っていない。普段は本から得た知識を得意気に披露するエリーチェは、ここ数日は分からないことだらけである。


「別に王族でも違っても。ルピルはルピルよ。大丈夫」


 だから、彼女はこう言う。ルピルの不安に寄り添う。体温の伝わる布団の中。彼女はルピルを抱き締める。


「……うん。でも、『ウサギ!』って指差された時、ちょっとショックだった」

「それは本当にごめんなさい。……許してくれる?」

「うん。もう大丈夫。ありがとう」


 エリーチェより、ルピルの方が少し背が低い。抱き締めるエリーチェの胸に、一度だけ強く頬を押し付けて。

 するりと布団から抜けて、ベッドを降りた。


「ルピル?」

「うん。僕もね。知りたくなってきた。僕は何なのか。どうして、スラムに居たのか。……ユリウスさんを手伝おうと思う。エンジニアの仕事だけじゃなくて、聯球儀イリアステルの研究も。そしたらさ」


 まだ、上体を起こしただけのエリーチェへ振り返る。シャツがはだけているが、ルピルはそもそも気にしない。


「僕が本当に王族なら。皆を王族区画で雇って、贅沢な暮らし、できちゃったりするよね」

「…………ルピル」


 否。

 ルピルが本当に王族ならば、このラムダ-4には、『捨てられて来た』のだ。恐らくそうだろう。エリーチェだけではない。ルピル以外の皆が、その可能性が高いことを分かっている。


「贅沢……」

「好きな本をいくらでも、いつまでも読めるよ。機械だってありったけ弄れる。僕だって。働かなくても一日中、虚空界アーカーシャで浮遊していたい。贅沢って、そういうことだよね」


 夢を語るのは、気持ちが良い。エリーチェもそれを分かっている。たとえどんなに険しい道だとしても。語っている間だけは。






***






 寝ている間に、星間車は星間線ゾディア・ラインへ乗る為の関所に入っていたようだ。同じ星間車が長蛇の列を成している。列が進み、巨大な格納庫なような、四角形の施設に入ったのは昼前になってからだった。


「街へ降りて色々見て回ってきても良いぞ。そのくらいの時間はある。この星間車はロゴの無い私用車な分、検問にも時間が掛かる。ラムダ-4を出発するのは恐らく夜になってからだ」


 運転席のユリウスがそう言った。車が屋内へ入ると周囲がパッと明るくなり、何も無い虚空界アーカーシャから人類の活動圏に入ったのだと実感する。


「どうしてこんなに混んでるの?」


 ルピルが問う。ユリウスは答えの代わりに、車内ラジオのスイッチを押した。


『――現在も犯人グループによるステーション占拠は続いており、治安維持部隊が対応に追われています。犯人グループによる声明は――』


 ラジオ。街へ入ってようやく電波が届いたのだ。スフィア外縁部と星間線ゾディア・ライン上では基本的にラジオは繋がらない。

 あの工場はどうなったのか。革命軍は。エリーチェ達にとっては、仲間達はどうなったのか。気になるところである。


「革命軍の活動によって、ラムダ-4から避難しようとする星間車がこの関所に溢れているという訳だ。3本ある内の1本を占拠されているから、使える星間線ゾディア・ラインは2本。こっちもあっちも渋滞だろうな。角のスフィアであるラムダ-4はここが不便だ」

「……子供達のこと、放送してないのかな」

「さあな。これから色んなチャンネルで情報収集するつもりだ。ああそうだ。君達には任務を与えよう」

「!」


 ユリウスは自分の白衣のポケットから財布を取り出して、エリーチェに渡した。


「街へ降りて、新聞を買ってきて欲しい。なるべく最新のものを、複数の社。金は足りると思うから、余った分は好きに使ってくれて構わない。良いか?」

「…………!」


 恐る恐る二つ折りの財布を開くエリーチェ。そこには彼女達が手にしたことが無いほどの金額が入っていた。


「わっ。分かりましたあ!」


 エリーチェは慌てて、そう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る