第二章 鍵

第14話 アルティミシア・アルカディア

 アルティミシア・アルカディアは聯球儀イリアステルでも有数の星鉄工業創業者一族のひとり娘である。現在ユリウスの所有する星間車もアルカディア星鉄工業が製造したものだ。


 頭を抱えながら固まってしまったルピルを、エリーチェが付き添って寝室へ連れて行った。彼女を不安にさせるのは心苦しいが、ユリウスはどこかのタイミングで必ず伝えていただろう。アルテはそれを止められない。


「『王族の特徴』については、他言無用にしておいた方が良い。もしもルピルが革命軍に狙われるようにたったりでもしたら、俺達じゃ守りきれないからな」

「その特徴が知られていないなら、あんたはどうやってそれを?」

「俺は貴族じゃないが、貴族に知人が居る。……まあ、知ってる奴は知っている。その上で秘密にしているんだ。そういう情報は、外側のスフィアには届かない」


 ユリウスは善人ではない。良心や善意からこの子供達を助けた訳ではない。ルピルに星鉄加工技術が無ければ。キルトの機械操作を見ていなければ。いくら救難信号が来たとは言え、あの夜、寮のハッチまで来なかっただろう。


「ルピルに何をさせるつもりですか?」


 訊く。

 アルテは、始めは子供達をこの車に乗せることに異を唱えていた。だが、今は180度別のことを考えている。

 この子達は、ユリウスにとって有能であるだけではない。


「(私の可愛い)ルピルに!」

「ふむ」


 アルテもアルテで、癖が強かった。


「王族区画とまでは言わないが、貴族区画へ入る、そしてそこでの活動をスムーズに行えればと思っている。まずは事実確認だな。ルピルは本当に王族なのか。であれば何故こんな、八芒星ベツレヘムから遠く離れた下層のスフィアに置き去りにされたのか」


 ユリウスにとって、自分の研究が一番である。それ以外のことは軽視している。だがそれでは社会生活に支障が出る。アルテはそのために居ると言っても過言では無い。


「では一度ガンマ-2に帰りますか?」

「そのつもりだ。ラムダ-4での目的は果たした。……俺は寝るとする」

「分かりました。出発しますね。キルト。運転しますか?」

「……ああ」


 ユリウスは今回の遠征で、再利用可能な廃棄星鉄の調査と併せて『星鉄の安価な再利用』の手掛かりを目的としていた。その成果がルピルである。本来ならば多大なコストを払って専用かつ高価な機械を用いて行うレベルの精密星鉄加工を、ルピルは最低限の工具さえあればその手で行えるのだ。彼女の技術ノウハウを一般化できれば、聯球儀イリアステル全体のコスト削減に繋がる。

 さらには、その後。功績によってユリウスが貴族となった後に、王族の子供というカードを切り、スフィアのさらなる中心へ向かうつもりで居る。

 ユリウスは、星鉄よりも貴重なお宝を手に入れた気分だった。






***






「……ルピルは、普段ぼーっとしてるタイプなんだ」


 運転を覚えたばかりのキルトが、呟いた。助手席に座るアルテに言っているのだ。


「あんな、一度に色々言われて。ショック受けてるぜ」

「……ええ。少しずつ話すべきでした。後で教授にきつく言っておきます」

「まあ、雇用主だから俺達からはあんまり言えねえけどよ」

「いえ、ガンガン言ってください。教授は自分のことしか考えていないので、そういうことに疎いのです。昔から」

「…………昔から?」


 キルト含めラムダ-4に居た孤児は皆学校教育は受けていない。だが、キルトは大学というのがどういうものなのか、概要くらいは知っていた。


「ユリウス教授が学生時代の恩師と呼ぶ人が、私の父親でした。私が幼い頃から彼は研究熱心で。未だに、追い求めています」

「……たまに居るよな。そういう、に集中する奴」

「居ますね」


 キルトは自分がそうであると自覚している。だから、ずっとエリーチェを見てきたのだ。だから、ルピルと仲良くなったと言って良い。


「まあ、嫌いじゃない」

「私もです」


 自分とエリーチェとルピルの3人と。

 クーロン達とリリン。

 自分達がこのように別れたのは、必然だったのかもしれない。キルトはそう思った。






***






 明かりが見え始めた。

 太陽は隠れている。だが、視界ははっきりとしている。虚空界アーカーシャは不思議な空間であり、未だ解明されていない。暗黒の世界である筈なのに、視認できるのだ。


星間線ゾディア・ライン。こっちのは初めてだ」

「そろそろ交代しましょう。補給所に入ります」


 虚空の向こうに巨大な漆黒の柱が見える。そして、その下。スフィアとスフィアを繋ぐ星間線ゾディア・ラインの根元に、建造物がある。廿四球儀アストロジアが管理する関門と、それを中心に発展した都市だ。四角形のビルが並列している。スフィア中心部へと広がっていく都市だが、キルト達の居る外縁部からもその巨大さが窺えた。


「はぁ。俺も寝ようかな」

「そうしてください。長時間の運転は思うより疲労しますから。きちんとベッドで」

「…………今あいつらが寝てるからな……」

「良いじゃないですか」

「…………やだよ。俺も男だぞ」

「だから良いんじゃないですか。恥ずかしながら女の子ふたりが眠るベッドに潜りなさい」

「何言ってんのあんた?」

「こほん。冗談は置いておいて、教授は部屋に鍵をかけていますから、今使える寝室はひとつだけ。リビングスペースのソファで寝ることは健康上私が許しません。どうしますか?」

「…………マジかよ」

「昨日と一昨日を見ている限り、女子ふたりは嫌がっていないのでは?」

「いや俺が……」


 眠い。確かに思った以上に疲れている。キルトは大きな溜め息を吐いて、諦めるように奥へ下がっていった。


「ふむ。尊い。想像するだけで私の疲労は消え去りますね」


 アルティミシア・アルカディアは貴族でこそないが、『お嬢様』と言って差し支えない家に生まれた。


 特にこれといったエピソードも無く、何故か、こう育った。

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