第13話 Moon Rabbit

 寝る前のアルテさんに、髪をふたつ結びにしてもらった。リリンにしてもらってたのより、結び所がちょっと上だけど。似合ってますって言って貰った。

 なんだか新しい自分になったみたいに晴れやかな気持ちになった。

 そのまま、寝室を出てリビングスペースへ。


「エリーチェ。やっぱりそのまま寝落ちしちゃってたんだ」


 エリーチェが、ユリウスさんから借りた本をテーブルの上に広げたまま、ソファに横になっていた。


「起きろエリーチェ」

「ん……」


 キルトが声を掛ける。

 むくり。寝ぼけ眼が僕を捉えた。


「おはようエリーチェ」

「…………」


 しばらくじっと、僕を見て。


「!」


 急に、目を見開いた。驚くように。慌てて。指を差して。

 僕の赤い目と。

 2つ結びにした白い髪を見て。


「う! ウサギ……!!」

「へっ?」


 まるで怖いものを見たかのように、そう、僕に言って。


「………………はぁ。はぁ。……なんだルピルか」

「???」


 僕を僕だと確認して、ぐったりとソファにもたれ掛かった。


 ウサギって、なんだろう。キルトと一緒に首を傾げた。






***






「ははは。予想通りの反応だったな。すまんすまん」


 その日の夕方。

 アルテさんの起床を待って、全員集合。リビングスペースに集まる。


「本当、びっくりした。心臓が飛び出すかと思ったわ」


 エリーチェはふぅと息を吐いて、隣に座る僕の頭を撫でた。


「ねえ、ウサギって?」

「架空の動物よ。ユリウス先生から借りた本にあったの。丁度、昨日読んでて。……白い毛並みの獣で、赤い瞳を持つ。生息地は主にムーンという架空の土地。長い耳を持っていて。……丁度、今のルピルみたいに」


 白い毛。赤い目。ふたつの長い耳。このふたつ結びが耳に見えたのか。

 僕と一緒だ。確かに。


「でも、どうしてそんなに驚いたの?」

「その架空の世界だと、ムーンは空気の無い世界なのよ。虚空界アーカーシャと違って、本当の真空なの。だから、本来生物は生きていけない」

「そんな所にそのウサギが居るの?」

「そうよ。物語では、主人公がムーンを訪れた時に発見したんだけど。その主人公の乗る船を食べちゃって、大問題になるの。鉄を齧る真空の獣。害獣よ。知ってる? この聯球儀イリアステルでも、迷信にあるの。スフィア外縁部にはウサギが居て、星間車の壁やタイヤを齧って壊しちゃうって」

「ええっ」


 真空でなくても。虚空界アーカーシャでは呼吸はできない。スフィアの外では生き物は暮らせない。

 なのに、ウサギは生息してる?


「それだけじゃないんだ。ウサギは鉄を食らう獣。この物語は創作だけど、モチーフはある」

「えっ。聯球儀イリアステルにも似たような獣が?」

「ルピル。君以外に、白髪赤目の人を見たことは?」

「…………ないかな。ねえエリーチェ」

「はい。白髪の老人は居たけど。ルピルみたいに生まれながらに白髪で赤い目は、珍しいと思います。私の黒や、キルトみたいな青髪の子は何人か居たけど」


 そう。髪や目の色は、個人個人で違う。それは親からの遺伝とか、そういうので決まる。

 僕の親のどちらか、またはどちらもが、白い髪で、赤い目だったってこと。


「俺も、実物は見たことがなくて、話に聞いた程度なんだが。……八芒星ベツレヘムに住む『王族』の特徴なんだよ」

「えっ!?」


 エリーチェとキルトが。慌てて僕を見る。


「正確には、その王家の血を継ぐ者に発現する身体的特徴らしい」

「そんなこと……!」

「ルピル。君の親は?」

「…………知らない」

「最初の記憶は?」

「………………うっ」


 知らない。僕だって。そんなの。

 記憶? 最初の?

 分からない。


 僕は気付いたらルピルで、このラムダ-4の工業区で働かせられていた。


 頭を抱える。

 孤児は、親なんて居ないのが普通で。皆そうで。


 僕が王族?

 何かの冗談だ。


「エリーチェ。キルト。君達はどうだ? 自分の最初の記憶。若しくは、ルピルと出会った記憶」

「…………」


 去年。思い出せる。2年前。思い出せる。3年前? 4年前? 何があった。断片的には……。


「俺の両親は星屑ジャンクだ。工場近くの町で生まれた。その両親は俺をビールフの所に預けてどこかへ行った。……そう、記憶してる」

「私は……。捨て子だったって聞いた。何年か前まで、私達の上の世代が居て。兄姉と慕っていて。私をスクラップ置き場で見付けたお姉さんが話してくれたわ」


 キルトとエリーチェが答える。覚えてるんだ。いや、教えてもらってるんだ。

 僕は?


「……星屑ジャンク出身の大人は町に居て、子供より多くの、色んな仕事をさせられてる。そこに、『ウサギ』が居ないなら。普通、ルピルは中枢のスフィアからの捨て子だって思う」

「でも捨て子なら見付けた人が居るでしょ? 赤ん坊は名前だってその人に付けてもらうのよ」

「名前……?」


 僕はルピル。

 この名前は、誰が付けたんだろう。


「……流石に、覚えてねえよな。俺達はどこから来たとしても、赤ん坊の頃から一緒だった筈だ。クーロンとリリンも、他の奴らも」

「…………確かに。たまに、他の作業場から人数調整で連れてこられた子も居たけど。私達はずっと一緒だった」


 僕の親がラムダ-4に居ないなら。僕は別の場所で生まれて、このスフィアに連れて来られたことになる。


 誰が?


「俺は君を見た時、『鍵だ』と思ったんだ。俺の研究の。聯球儀イリアステルの謎の。噂に聞くだけだった『ウサギ』の子。偶然とは思えない。ルピル。君がもし王家の血を引いていたなら。俺達に協力してくれないか」

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