第12話 原初の球儀街

「さて。以上を踏まえて、君の意見を聞きたい。エリーチェ」


 アンテナの仕事の後、しばらく浮遊していて。

 車内に戻ると、エリーチェとユリウスさんが資料をテーブルに広げていた。エリーチェが眉を寄せて難しい表情をしてる。


「……うーん……。『宇宙』『惑星』というのは、物語の中の創作設定というのが一般的な解釈だと思いますけど」


 宇宙。

 惑星。

 僕は知らない話だ。難しそうな話。


「ルピル。お疲れ様」

「うん」

「助かったよ。アルテが褒めるのは珍しい」 


 エリーチェからタオル、ユリウスさんから水の注がれたカップを貰う。


「ふむ。エリーチェは、太陽が『何』か知っているか?」

「太陽? ……あっ」

「そう。虚空界アーカーシャが本当に何も無い空間なら、太陽も存在しない筈。あの強烈な光の球は、間違いなく『聯球儀イリアステルの外に存在している』。誰も辿り着けていないし観測もできていないから太陽の研究も進んでいないけれど。①聯球儀イリアステル、②新星隕鉄ノヴァ・メテオライト、③太陽。この3つは『三存在エクステンシア』と言ってね。虚空界アーカーシャに『存在している』という奇妙な特徴を持つものだ」


 話にはついて行けないから、窓から外を見る。暗黒の空。吸い込まれそうな黒。


 確かに。

 虚空界アーカーシャが名の通り何も無いのなら、聯球儀イリアステル新星隕鉄ノヴァ・メテオライトも、太陽だって筈が無い。

 太陽って何なんだろう。


「俺達が毎日光を浴びて生活して、当たり前にある『太陽』。毎日決まった時間に昇り、落ちる。これは一体どういう仕組なのか。この聯球儀イリアステルとの距離は。太陽は何で出来ているのか」

「…………」


 エリーチェはずっと黙っている。エリーチェでも知らないことがあるんだ。


「俺達が現段階で知る中で、最も古い時代のことが書かれた本だ。俺は子供の時にこれを読んで、この研究を始めた」


 テーブルに置かれた本。随分古い。装丁もボロボロだ。丁度、エリーチェが昔から大事にしている『虚空界否定論』のように。


「その昔。一番始め。……星間線ゾディア・ラインというものは無く、人類の生活圏はだったという」

「!」

「スフィアがひとつだけだったってこと?」

「そう書かれてある。そして、暗黒の空には無数のスフィアが散らばっていたらしい。『星空』という」

「ほし……ぞら……」


 その本の表紙にタイトルが書かれているんだけど。

 読めない。

 僕だから読めないのか、別の文字なのか。


「……まだ意見を交わすには早かったな。これを読んでくれエリーチェ。きっと気に入る」

「!」


 それを、エリーチェに手渡して。


「明日には星間線ゾディア・ラインに着くだろう。俺は寝るとする。おやすみ」


 ユリウスさんは寝室に行ってしまった。






***






「……………!」


 エリーチェはその本を開いてすぐに目をかっぴらいて。

 齧り付くように読み始めた。

 凄く集中してる。話し掛けられない。


 気が付けば、もう太陽は落ちていた。スフィアの外だと、昼と夜の違いがあんまり無くて、景色は暗黒のまま。どうしてだろう。スフィアの内側だと、周りが太陽光で明るくなったり暗くなったりするのに。


 そもそも、スフィア外縁部は厚い星鉄の床に覆われているのに、どうして太陽の光が内側に届いているんだろう。


 気にしたことがなかった。もう13歳。13年も、この世界に生きているのに。


「…………」


 今日は頭を使う勉強から文字の練習、仕事、ユリウスさんの難しい話と。色々あった。疲れた。

 僕も休もう。そう思って、寝室へ向かう。


 ふた部屋ある。ひとつはユリウスさんの部屋で、鍵が掛かってあるみたいだ。


「…………ん」


 もうひとつの部屋。小さな本棚と机と椅子、それとベッドがひとつだけ。寝るだけの部屋だ。


「くかー……」


 先客が居た。キルトだ。いつの間に。


「……………僕も眠いや」


 まあ、いいや。

 ベッドに潜り込んで、寝かせてもらう。うん。なんだかしっくりくる。キルトの左腕。






***






「おい起きろルピル」

「んぁ……? ふぇ?」

「離れろ。なんでまたくっついてんだお前」

「ふわぁ……。おはようキルト」

「お前……俺とエリーチェのこと応援してくれてたんじゃなかったのか」

「へ? うん。応援してるよ」

「ならなんでベッド潜り込んで俺の腕抱き枕にしてんだ?」

「…………へ?」

「はぁ……。お前本当に13歳かよ」


 気持ちの良い朝。僕が起き上がると、キルトは物凄い速さで部屋から出ていってしまった。

 あの太い腕で無理矢理僕を引き剥がすこともできたのに。キルトは優しい。


「おはようございますルピル」

「アルテさん」

「今キルトとすれ違って。とても赤面していましたが」

「あはは。昔は男女関係なく雑魚寝してたんだけど。そう言えばいつしか寮も男女で分かれてたなあ。なんでだろう」


 入れ違いで、アルテさんが入ってきた。ここは本来アルテさんの寝室だ。


「…………シャワー、浴びてきなさい」

「へっ?」

「その後で。髪、ちゃんとしましょう。いつもはどうしていたの」


 いつもは。リリンに、結んでもらっていた。これから、どうしようかと思っていた所だったんだ。

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