第12話 原初の球儀街
「さて。以上を踏まえて、君の意見を聞きたい。エリーチェ」
アンテナの仕事の後、しばらく浮遊していて。
車内に戻ると、エリーチェとユリウスさんが資料をテーブルに広げていた。エリーチェが眉を寄せて難しい表情をしてる。
「……うーん……。『宇宙』『惑星』というのは、物語の中の創作設定というのが一般的な解釈だと思いますけど」
宇宙。
惑星。
僕は知らない話だ。難しそうな話。
「ルピル。お疲れ様」
「うん」
「助かったよ。アルテが褒めるのは珍しい」
エリーチェからタオル、ユリウスさんから水の注がれたカップを貰う。
「ふむ。エリーチェは、太陽が『何』か知っているか?」
「太陽? ……あっ」
「そう。
話にはついて行けないから、窓から外を見る。暗黒の空。吸い込まれそうな黒。
確かに。
太陽って何なんだろう。
「俺達が毎日光を浴びて生活して、当たり前にある『太陽』。毎日決まった時間に昇り、落ちる。これは一体どういう仕組なのか。この
「…………」
エリーチェはずっと黙っている。エリーチェでも知らないことがあるんだ。
「俺達が現段階で知る中で、最も古い時代のことが書かれた本だ。俺は子供の時にこれを読んで、この研究を始めた」
テーブルに置かれた本。随分古い。装丁もボロボロだ。丁度、エリーチェが昔から大事にしている『虚空界否定論』のように。
「その昔。一番始め。……
「!」
「スフィアがひとつだけだったってこと?」
「そう書かれてある。そして、暗黒の空には無数のスフィアが散らばっていたらしい。『星空』という」
「ほし……ぞら……」
その本の表紙にタイトルが書かれているんだけど。
読めない。
僕だから読めないのか、別の文字なのか。
「……まだ意見を交わすには早かったな。これを読んでくれエリーチェ。きっと気に入る」
「!」
それを、エリーチェに手渡して。
「明日には
ユリウスさんは寝室に行ってしまった。
***
「……………!」
エリーチェはその本を開いてすぐに目をかっぴらいて。
齧り付くように読み始めた。
凄く集中してる。話し掛けられない。
気が付けば、もう太陽は落ちていた。スフィアの外だと、昼と夜の違いがあんまり無くて、景色は暗黒のまま。どうしてだろう。スフィアの内側だと、周りが太陽光で明るくなったり暗くなったりするのに。
そもそも、スフィア外縁部は厚い星鉄の床に覆われているのに、どうして太陽の光が内側に届いているんだろう。
気にしたことがなかった。もう13歳。13年も、この世界に生きているのに。
「…………」
今日は頭を使う勉強から文字の練習、仕事、ユリウスさんの難しい話と。色々あった。疲れた。
僕も休もう。そう思って、寝室へ向かう。
ふた部屋ある。ひとつはユリウスさんの部屋で、鍵が掛かってあるみたいだ。
「…………ん」
もうひとつの部屋。小さな本棚と机と椅子、それとベッドがひとつだけ。寝るだけの部屋だ。
「くかー……」
先客が居た。キルトだ。いつの間に。
「……………僕も眠いや」
まあ、いいや。
ベッドに潜り込んで、寝かせてもらう。うん。なんだかしっくりくる。キルトの左腕。
***
「おい起きろルピル」
「んぁ……? ふぇ?」
「離れろ。なんでまたくっついてんだお前」
「ふわぁ……。おはようキルト」
「お前……俺とエリーチェのこと応援してくれてたんじゃなかったのか」
「へ? うん。応援してるよ」
「ならなんでベッド潜り込んで俺の腕抱き枕にしてんだ?」
「…………へ?」
「はぁ……。お前本当に13歳かよ」
気持ちの良い朝。僕が起き上がると、キルトは物凄い速さで部屋から出ていってしまった。
あの太い腕で無理矢理僕を引き剥がすこともできたのに。キルトは優しい。
「おはようございますルピル」
「アルテさん」
「今キルトとすれ違って。とても赤面していましたが」
「あはは。昔は男女関係なく雑魚寝してたんだけど。そう言えばいつしか寮も男女で分かれてたなあ。なんでだろう」
入れ違いで、アルテさんが入ってきた。ここは本来アルテさんの寝室だ。
「…………シャワー、浴びてきなさい」
「へっ?」
「その後で。髪、ちゃんとしましょう。いつもはどうしていたの」
いつもは。リリンに、結んでもらっていた。これから、どうしようかと思っていた所だったんだ。
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