第11話 職人技
「表面処理」
「ひょ、う……めん……しょり」
「熱処理加工」
「ねつ……、しょり、か……こう」
言葉は知っているけど、文字では書けないことが沢山ある。
エリーチェからの誕生日プレゼントは、ノートだった。エリーチェらしい。早速、僕はこれを使って文字の練習をしてる。
因みにキルトからのプレゼントは新品の星鉄スパナだった。もうボロボロだったからこれも嬉しい。
「……僕の誕生日、よく覚えてたね」
「私は自分でメモ取ってるもん。皆の誕生日」
「へえ。エリーチェらしいね」
「そりゃ、私がエリーチェだからね」
もう13歳だ。早いなあ。あの現場ではもう、僕らは古株だった。
「僕は皆の誕生日どころか年齢も知らないや」
「結構ぼーっとしてるもんね。ルピル」
「エリーチェも結構してるよ。ぼーっと」
「ええー?」
あの時。
リリンより、エリーチェを優先したのは、何でだろう。後になって考えても、自分で分からない。
リリンには今すぐ危険は無くて、クーロンとの関係性の問題だったから。エリーチェは命の危険があったから。そう、後から理由をつけることはできるけど。
……髪が。ボサボサなんだ。
いつもリリンに、梳いてもらって。結ってもらっていたから。
「ルピル」
「!」
運転席から、キルトと交代したユリウスさんがやってきた。助手席にはまだアルテさんが居る。彼女に見てもらって、キルトが運転するらしい。
「外付けしてあるレーダーの調子がおかしい。キルトに見て貰ったが機械に問題は無いから、多分星間車との立て付けが歪んでいるんだと思う。マスクで車外へ出て、確認できるか? 可能なら不具合を見付けて直して欲しい」
「分かった。天井左側の装置だよね。あのタイプは重量によっては弛みやすいんだよ」
「そうなのか。許容量以下だと思ったが」
「あのメーカーの説明書は当てにならないし、重心によっても変わるから」
話している間に準備して、星間車後方のハッチへ向かう。
こういうのは、僕の仕事だ。
***
浮遊感。
僕は皆よりひと足先に、夢を叶えたのかな。
ここは
『どうだい?』
『アンテナがバランス悪いから傾いて、それが歪みに繋がってる』
『そうか。直せそうか?』
命綱と一体になっているインカムからユリウスさんの声が聴こえてくる。音を記憶して伝える鉄線を通すと、少し声が変わるんだね。
『これくらいなら。鉄糊できちんと接着し直して、今度は歪まないように衝立を取り付けるよ』
『良かった。任せるよ』
ハッチから、マスクが出てきた。中身はエリーチェだ。修理工具一式を僕に手渡す。
『熱いよ』
『大丈夫。ありがとう』
ひと言で星鉄と言っても、色んな種類がある。熱に強い星鉄、熱に弱い星鉄。音を伝える星鉄、光を伝える星鉄。
沢山の星鉄が、今日までの僕らの文明を発展させている。
鉄糊とは、融解している液体状の星鉄だ。とても熱い。それが、四角い箱に入ってある。箱は鉄糊よりうんと熱に強い星鉄で、箱を外から触っても熱を感じない構造になっている。
シュー。シュー。
暑い。
マスクが少し曇る。
鉄糊の箱はほんの少しずつ抽出できるノズルがある。
僕らのいつも使う鉄糊は時間経過で冷めないようになっている。そういう成分が配合されている。だから、固める為の道具がある。そういう成分が配合されているスプレーがある。
……学って大事かもしれない。『そういう成分』の名前、知らないや。後でエリーチェに教えてもらおう。
『あ……』
『ルピル? どうした』
『
ノズルを引くと、いつもならサーっと出るのに。ふわふわと虚空で霧散してしまう。
どうしよう。
『代わります。アンテナが不安定なら抑えていてください』
アルテさんからのインカム。彼女はマスクをエリーチェから貰って、すぐに車外へ出てきた。
『こういう道具があります』
持ってきたのは、変わった形のノズルだ。それをスプレーに取り付ける。
吹き掛けるんじゃなくて、鉄糊に直接当てて成分を染み込ませるんだ。
『!』
『……えっ?』
接着部分を見て、アルテさんが一瞬驚いた。
『…………これ、固める前の鉄糊ですか。均一すぎる。流石本職の星鉄エンジニア。職人技ですね』
『あ……。えへへ』
『今まで私が見様見真似で試行錯誤してましたが、これからはルピルに任せられますね』
確かに、他の部分を見ると余分な鉄糊がハミ出て固まっていたりしてる。彼女達は自分達でこの星間車を改造していたんだ。
『ではこの作業もルピルに任せた方が良いですね。使い方は分かりますか?』
『うん。なんとなく』
それから、作業は順調に終わった。
仕事を褒められるなんて、この人達に出会ってからだから、なんだか胸がそわそわする。
浮遊感を、いっとき忘れるくらい。
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