第10話 初仕事

「でも、貴族になれるほどの偉大な功績ってそんな簡単じゃないだろ」

「その通り。だから方々走り回っているのさ。差し当たり、聯球儀イリアステル全体の問題である資源枯渇。つまり星鉄不足問題なんだが、これを解決できたら偉業だと思わないか」


 星鉄不足。確か、単価を上げるってニュースになってたって聞いた。僕らの給料が上がるってクーロンが息巻いてた。結局上がらなかったけど。


「どうやって解決するんだ?」

「再利用さ。今や、各スフィアでは利用していない地域、諸々の都合で中止となった開発区域が沢山ある。試算では、今現在利用されている星鉄製品の実に10倍はある筈だ。それを、再利用できれば向こう数百年は星鉄不足に悩まされない」

「凄い!」


 エリーチェが。

 いつの前にか助手席に座っていた。


「勿論問題はある。上もバカじゃない。現時点で既に再利用は注目されつつあるが、なにせコストが掛かるんだ。だから見送られている。つまり俺達が挑むのは、再利用」


 車が、そこで止まった。

 皆で窓の外を見る。

 辺り一面何も無い。星鉄の黒ずんだ銀色の地面と、無限の空。


「レーダーが反応した。流星鉄雨メテオシャワーだな。スフィアには落ちないが、一応停まっておこう。見たいだろ?」

「!」


 何も無い地面と無限の空。それと。


 地平線の向こうに、巨大な塔があった。どれだけ大きいのか。想像もつかない。


 あれが、星間線ゾディア・ライン。スフィアとスフィアを繋ぐ円柱。


 星間車は、それを見やすいように横に向いて停車してくれた。


「わあ……」


 暗黒の空を切り裂く光の筋。

 熱を持って光を放つ星鉄が、無数の放物線を描いて。


 遥か上空の星間線ゾディア・ラインに引き寄せられるように降っていく。


 流星鉄雨メテオシャワー


 昔は頻繁に見れたらしいけど、今となっては年に1度あるかどうかという現象。


 とっても綺麗で。僕らは夢中になって時間を忘れた。






***






「さて。俺達はこの星間線ゾディア・ラインは使わない。関所は革命軍が占領してると報道されているからな。このラムダ-4にはあとふたつ、星間線ゾディア・ラインがある。そっちへ向かう。しばらくは車中泊の旅だ」


 スフィア外縁部の旅は、景色も変わらないし、車も揺れない。星間線ゾディア・ライン付近は補給所や街もあるけど、そっちへは寄らない。


 つまりとっても暇。


 僕は暇が嫌いじゃないから良いけど。


「キルト。運転はできるか?」

「いや、やったことねえよ」

「ならば教えよう」

「免許要るんじゃねえの?」

「街と周辺ではな。外縁部や採掘現場以外の星間線ゾディア・ライン上は問題ない。何があっても自己責任だ。だからキルト。君が運転できるようになれば俺とアルテの負担が減る」

「…………分かった。興味はあったから、覚えるぜ」


 今度はキルトが助手席に座った。星間車も機械だから、彼も楽しそうだ。


 僕はぼうっと、窓の外を眺めている。

 テーブルの上には、ユリウスさんの著書や研究資料がどっさり置かれていた。研究所に入るなら、知っておいて欲しいとユリウスさんが用意したんだ。


 エリーチェが、それを熱心に読み込んでいる。


「ルピル読まないの?」

「読めないよ。知らない文字と単語あるし。それに、僕は別に、そこまで興味も無いし」

「面白いのにー」


 エリーチェは本好きというより、知識欲があるんだと思った。あの環境で一番知識を得られるのが本だったというだけで。


「じゃあ、一緒に読む?」

「そんなに面白いの?」

「勿論!」


 キラキラしてる。

 思い出した。


 聯球儀イリアステルとか。虚空界アーカーシャとか。廿四球儀アストロジアとか。

 僕の中にある知識は、そう言えばみんなエリーチェから聞いたものなのだと。

 なんでも、他の皆は興味無さすぎて話を聞かないけれど、僕は聞いてくれるからだと。


 僕も、ぼうっとしてただけなんだけどね。


「ほらこっち」

「うん」

「まずここね。『虚空界否定論』の冒頭とも被る内容なんだけど」

「うん」


 横に座って。資料を広げて。

 楽しそうに語るエリーチェの横顔を見てると、僕も嬉しくなるから。

 まあ良いかな。






***






「おはようございます」

「!」


 気が付けば夕方だった。エリーチェと一緒に振り向くと、アルテさんが起きてきた所だった。髪は下ろしたまま。


「おはよう、ございます」

「………………」


 じっと、見つめてくる。僕とエリーチェを交互に。睨むかのように強く。

 寝起き、機嫌悪かったりするのかな。


「エリーチェ。ルピル」

「はい」


 呼ばれて。


「あなた達には早速仕事があります」

「仕事」

「勿論給料を出します」

「給料!」


 くいくいと、呼ばれて。

 エリーチェが彼女の元へ。


「ぎゅっ」

「ひゃっ?」


 アルテさんが、エリーチェを抱き締めた。


「すうううううっ」

「ひゃ!?」


 そして顔を埋めてめっちゃ深呼吸した。


 え? なにこれ。


「はぁぁあっ。ふぅ。はい」

「へっ。へ? えっ?」


 終わると、チャリンとお金をエリーチェに渡した。

 呆然とするエリーチェ。

 を、通り過ぎて。


 アルテさんが僕のところへやってきた。


「え? あっ」


 反応する間に。アルテさんからの抱擁。回避は不可能だった。


「すうううううっ!」

「あーー」


 アルテさん。良い匂い。優しい。暖かい……。

 吸われてる……。


「はい」

「あっ」


 すっと離されて。両手で作った受け皿にチャリン。


「教授。おはようございます。今日なんですが、今観測器を見ると……」


 そのまま、運転席の方へ行ってしまった。


「………………!?」


 僕とエリーチェはしばらく動けなかった。

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