第9話 聯球儀人工物説

「君達はこれからどうするつもりだ? もうあのハッチから下には戻れない。会社も寝床も失った。お金も無いだろう」


 皆のことは心配だけど。物理的に、戻る方法が無い。

 戻っても、何も無い。


「どっかで仕事探して、無理なら野垂れ死ぬ。……俺達星屑ジャンクは、そもそも取れる選択肢は少ない」


 キルトが答える。僕もそう思う。エリーチェも頷いている。


「だろう? だから、俺の所で働かないか」

「!」


 驚きの発言。

 3人とも、絶句した。


「長期間、虚空界アーカーシャに出て問題ない完璧な密閉を可能にする星鉄加工職人!」

「!」

「星鉄機器に強い機械エンジニア!」

「えっ」

「そして――俺の読者。つまり俺と『同類』の研究者」

「ひっ」


 それぞれ、手で差して。


「君達さえ良ければ。是非ウチの研究室に入って欲しい。そもそも人手が全く足りていないし、君達なら即戦力だ。なあアルテ!」

「……人手に関しては本当にその通りです。私ひとりで教授のお世話全てはできません」

「お世話って。あのなあアルテ」


 僕らを歓迎するように両手を広げた。


「………………」


 お互いの顔を見合わせる。


「……ふっ」


 キルトが、可笑しそうにした。釣られて僕も笑った。


「エリーチェは?」

「やります。ユリウス先生の元で働けるなんて。クーロンじゃないけどこんな機会、二度とないわ」


 決まった。

 僕ら3人は、ユリウス・フルフィウス教授の研究室にお世話になることになった。






***






 それから、ほっとした僕らはその場で睡魔に襲われた。朧げだけど、シャワールームの奥にある寝室に運んでもらったような。

 とにかく、疲労がどっと押し寄せてきて。泥のように眠った。


「……お前ら。ふざけてんのか」

「んぇ? ふぁ……」

「んー……」


 目が覚める。暖かくて心地良い。何か、抱き心地の良いものがある。


「早くどいてくれ。ていうかなんで一緒に寝てんだ……」

「んー……?」


 ゴツゴツしてる。

 ああ、キルトの左腕だ。


 僕とエリーチェで、彼の左右をがっちり固めていたらしい。


「おはようキルト。意外と筋肉質だね」

「うるせええ! 離れろ! エリーチェも起きろ! 動けねえだろうが!」

「ふぁ……ぁ」


 顔を真赤にしたキルトが吠えた。

 よく眠れた気がする。






***






「おはよう君達。よく眠っていたね」

「どこがだ。他にも部屋あるだろ。今度から寝室分けてくれよ」

「ははは。寝室はふたつだ。じゃあ今晩はアルテの部屋で寝ると良い」

「なんでだよ」

「私は良いですよ」

「なんでだよ」


 星間車は夜の間も走っていたみたいで、窓の外は見たことない景色だった。いや、スフィア外縁部は大体似たような景色なんだけど。

 揺れないんだ。あのバスみたいに。スーッと走ってる。


 整備された外縁部ということ。都市に近い。


「これまでふたりだったから、食糧はあまりなくてね。これで我慢してくれ」

「…………」


 ユリウスさんから渡されたのは、いつものパック携行食。けど、高い奴だ。味がする。何やら甘い果物の味。


「では教授。私は休みます」

「ああお疲れ様」


 アルテさんは奥の部屋に向かった。ユリウスさんが代わって運転席に。


「…………」


 しばしの沈黙。エリーチェが恥ずかしそうにしてるから、昨日と今朝のことを思い出してるのかな。


「気にならないのか? どこへ向かっているのか。何を研究しているのか。君達にどんな仕事を頼むのか」


 運転席から。

 それを聞いて、僕らは顔を見合わせる。


「気になりますっ」


 手を挙げてそう宣言したのはエリーチェ。彼女はユリウスさんのファンらしいから。


「……食えて寝れるなら。あと、機械弄れるなら。俺はあんまり他のこと知らねえや」

「僕もかな。仕事の合間に、虚空界アーカーシャへ出れるなら」


 大学。先生。研究室。どれも僕には遠い話に思える。文字すらあまり読めないんだから。


「ふむ。じゃあ、君達の仕事にも関わってくるから、色々説明しよう。よく聞いていてくれ」

「はーい」


 エリーチェが元気だ。


「この研究室の目的は、聯球儀イリアステルの起源を解明することだ」

「起源?」

「ああ。この、球儀街スフィア星間線ゾディア・ラインで作られた世界。構造物。虚空界アーカーシャに浮かぶ巨大なラーメン構造体。新星隕鉄ノヴァ・メテオライト。……俺は、この世界は『人工物』だと考えている」

「!」


 この世界が。聯球儀イリアステルが。

 人の手で作られたもの。


 考えたこともなかった。

 いや、増築したスフィアとかは人工物だけど。

 その中心部は。最初の最初は……なんて。


「まず、人工物そうだと仮定して。誰が、いつ、どのように、どんな目的で、造ったのか。それを解き明かしたい。それが俺の研究テーマだ」

「凄い……!」


 エリーチェがもう。キラキラしてる。


「その為には、中心部。つまりまずは貴族区画に行く必要があるんだが、貴族かその従者かお抱えの学者くらいしか入れない。商人であっても商業用の区画だけ。つまり、まずは俺が貴族になること。それが第一目標だ」

「なれるのか? そんなの」


 キルトが訊ねる。その通りだ。生まれ持った身分は変えられない。僕らが一生、星屑ジャンクであるように。


「俺は授業をしていないが、研究成果を報告することで大学から研究費を得ている。歴史上、聯球儀イリアステル全体に影響を及ぼした偉人達の中には平民ながら功績を認められて貴族になった者もいる。俺はそれを狙ってる訳だ」


 貴族になれる?

 そんなこと。


 夢にも思ってなかった。

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