第8話 ユリウス・フルフィウス

 浮遊感。

 エリーチェは、死ぬその時まで本を読むと言った。多分僕もだ。


 死ぬなら、虚空界ここで浮遊しながら死にたい。






***






「ぶはぁっ! げーっほ! げほ!」

「がは! はー。はー。うっ。ごほ」


 半円柱の星間車の中。担ぎ込まれた僕らは、ぐしょぐしょのまま倒れ込む。


「3人とも生きてるな。間に合って良かった」


 茶髪パーマにカーディガン。その上から白衣を着ている。学者先生だ。教授さんだ。どうして。


「げほっ。……通信機の番号、整備の時にたまたま覚えてたんだよ。中枢スフィアの星鉄機器だから珍しくて」

「キルト」


 車内は左右の壁に沿ってソファのように椅子が取り付けられていて、真ん中にテーブルがあった。

 壁にもたれ掛かって座るキルト。僕もなんとか、椅子に座る。


「まさかそれで救難信号を送ることになるとは思わなかったし、実際来てくれるかどうかは賭けだったけどな。いや、きちんと送れてたかも、もう覚えてない」


 助かった安心感から笑みが浮かぶキルト。

 教授さんの方を見ると、彼も笑っていた。


「この街でクーデターがあったとニュースされていたからな。それと、君の言っていたハッチも気になった。一度見ておこうと思ってな」

「えっ」


 僕を見た。それから、マスクを拾う。


「これも、君のお手製か」

「……うん」

「密閉は完璧か」

「うん」

「あのハッチもか」

「うん」


 頭をすっぽり覆うマスクは、空気が漏れないように何度も何度も試行錯誤して、改良して、ようやく完成させたものだ。


「うっ……。頭痛い」

「エリーチェ。大丈夫?」


 エリーチェがようやく起き上がって、僕の隣に座った。作業着から本を取り出して、テーブルに積んでいく。

 3冊。多分もっとあったんたけど、これが持ち運べる最大限で、一番大事な本だったんだ。


「昨日都市で借りた本、取りに行けないね」

「もう、仕方ないわ。こっちの方が大事だし。ありがとうルピル。キルトも。本当に。それとごめんなさい。私のせいで、もう戻れない」


 ぺこりと頭を下げたエリーチェ。

 キルトと目を合わせて、お互いに苦笑いした。


「良いんだよ。どうせ今日で、あの作業場も寮も何もかも壊れた。この街は革命軍の支配下になる。仕事は無くなってるよ」

「でも。私と、あなた達の興味の無いたった3冊の本の為に」

「エリーチェ」


 僕は、知っていたから。応援したいと思ったんだ。クーロンとリリンは、なんだかんだうまくいくだろうから。


 キルトが、ポケットの中からひとつ小包を出した。


「え……っ?」

「汗で汚れたな。すまん」

「いや……。え?」


 包装されている。

 そう。プレゼントだ。


 実は多い。

 この年に一度の、都市に行く日に。意中の相手にプレゼントを買うことは。

 リリンの付けている花のヘアピンも、いつかクーロンから貰ったんだそう。


「………………!」


 理解したエリーチェが、顔を真赤にして、目を輝かせてそれを受け取った。


「……どうして私?」

「…………お前、集中してると話し掛けても気付かないだろ。なんつーか……。そういうところ」


 僕も、なんだか嬉しい。


「キルトも機械弄ってる時そうだもんね」

「……まあな。あとこれ。お前にも」

「えっ?」


 それからもうひとつ。

 キルトは僕に、小包を渡した。


「あっ。そうよ。はいルピル。私もこれだけは持っていたの」

「えっ?」


 それを見て、思い出したようにエリーチェも。


「お誕生日おめでとうルピル」

「あっ」


 全くの不意打ちだった。

 完全に忘れていた。


 今日だ。

 僕の、13歳の誕生日。






***






「さて」

「!」


 ひとしきり、感動して。

 落ち着いた頃。

 教授さんが咳払いをひとつ。


「あの。ありがとうございました。助けて貰って」

「ああ。気にすることはない。こうなってしまった以上、俺が大人として君達を保護しよう。まずは、シャワーと着替えだな。アルテ」

「はい教授」


 星間車は、家としても使えるくらい広い。教授さんの奥、運転席の部屋からやってきた女の人の案内で、僕らはまずシャワーをいただいた。


「まずは名乗ろう。俺はユリウス・フルフィウス。教授と呼ばれてはいるが、在籍しているだけで授業はしてない。ガンマの大学だよ」

「ユリウス・フルフィウス!?」

「ん?」


 ガンマ。廿四球儀アストロジアのひとつだ。そんなところの大学教授だったなんて。

 名前を聞いて、エリーチェが大声を挙げた。僕も、聞いたことがあるような……。


「これっ!」


 本を。

 そうだ。エリーチェが大事に持っている本。


「ああ。俺の著書だな。『虚空界否定論』。いや、君達のような孤児労働者の手にも渡って、しかも緊急事態に持ち出すほど大事にされてるとは。著者冥利に尽きるな」

「あわ。あわわ……。ユリウス・フルフィウスが目の前に…………」

「エリーチェ?」


 エリーチェが震え始めた。感極まってる。


「……話を戻そう。こっちが我が研究室唯一の所属学生。アルテだ」

「アルティミシア・アルカディアです。気軽にアルテと呼んでくださいね」


 金髪メガネの女の人。学生だったんだ。綺麗な人。


「キルトだ。こっちはルピルとエリーチェ」


 見知った人以外との会話が苦手な僕と感極まっているエリーチェが固まっていると、キルトが紹介してくれた。

 合わせて、慌てて首を縦に振る。


「そうか。君はルピルと言うんだな」

「えっ」


 なんだろうこの人。ユリウス……さん。

 この前も、さっきも。僕にあれこれ訊いてくる。


「よし。アルテは運転を頼む。移動しながら話そう。俺は君達に、提案がある」

「?」

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