第5話 最後の休日

 強制労働と食事休憩。それ以外の時間は、睡眠。

 仕事終わりから次の朝まで、時間が無い。寝なければ、次の日に差し支えがある。


 けど。だから。

 『やりたいこと』をやる為には、睡眠時間を削らなきゃいけない。

 エリーチェは夜遅くまで自室で本を読んでいるし、キルトも夜更かしして作業場に出てる。クーロンは確かトレーニングしてる。リリンは……分かんないけど。


 僕の場合は早起きして、スフィアの外、虚空界アーカーシャで浮遊すること。


「………………」


 ここでなら時間はゆっくりで。考え事ができる。束の間の、自由。


「かくめい」


 この現状。

 この世界の。


 僕ら孤児は、ずっと孤児だ。

 『家』が無い。

 親が居ない。

 人が生きていくには、お金と食事が必要で。

 本来親が用意してくれるそれらを、僕ら孤児は自分で用意しなければならない。


 家が無いと、どうなるか。

 学校に行けない。から。

 まともな働き口がない。

 辿り着くのは、こういう、底辺の労働。誰でも入れる。けど、仕事はキツくて、給料はほぼ無い。

 お金がないと、どこにも行けない。


 僕らはここに辿り着くけど、ここからどこにも。


 『ここ』の現場は比較的新しいからビールフと数人の大人以外、後は50人くらいの子供しかいないけど。他の所だと大人も老人も居て。ずーっと何年も何十年もここで働いていて。ここで死ぬらしい。

 それが僕ら。

 星屑ジャンクと呼ばれる人種。生まれた時から死ぬまで、ずーっと屑。


「……クーロンは行くんだろうな」


 その現状をひっくり返すことを目的にしている人達がいる。

 八芒星ベツレヘム廿四球儀アストロジアからの支配をひっくり返す。

 人は人。貴族や孤児やで分けなくて。皆平等に生きられる世の中に。

 人を集めて、武器を用意して。都市を襲って。


 それが革命軍。


 勿論、僕らに仕事を選ぶ権利は無い。ビールフも同じく。だから革命軍や犯罪者の依頼だって受ける。そうしないと、僕らが食べられないから。


 他の、もっと強く政府の息が掛かった企業の方がお金もあってちゃんとした大人の整備士が居るんだけど。僕らの方が安く済む。そして、足が付かない。だから僕らへの依頼はゼロにはならない。

 ビールフは元々役人なんだけど、左遷されてきたんだって。給料も低い。だから、グレーな仕事やブラックな仕事も受けてる。きちんと報告もしてない。


 来たい奴は来い。『中心』の景色を見せてやる。


 その革命軍の人はそう言ったらしい。

 そっか。

 こうやって孤児の中からスカウトして、組織を大きくしているんだ。






***






「僕の所にも来たよ。依頼人が直接」

「えっ。革命軍!?」

「いや違うよ。学者先生とか教授とかって呼ばれてた」


 ガタガタと揺れる。

 僕らは今、車に乗っていた。運転席の後ろに、客席が6人分あるバス。僕ら労働孤児の輸送をするバスだ。普通の星鉄車。

 星鉄のニオイがする。

 たまたま同じ車両になったリリンと、昨日の話をした。


「へえ。なんか変な話」

「ねえ、その革命軍さ。『来い』って言うけど、どこに行ったら良いの?」

「……3日後の夜に、『革命』するんだって。よくわかんないけど、ゴタゴタの隙に作業場を抜けて、集合場所に来いって」

「……ふうん」

「え、ルピルも行くの!?」


 ガタガタ。

 このバスは、都市に向かっている。

 年に一度。たった1日。僕らに与えられる休日だ。

 正確には移動時間含めると2泊3日だけど。


 本当は、僕ら孤児を雇っている大元の企業の総会で、そのスフィアの全従業員が集まる行事だ。僕らは企業内でも底辺だから、ほとんど出番は無くて。ビールフの用事が終わるまでの自由時間、都市の人達に迷惑を掛けなければ好きに過ごして良いことになっている。


 他の寮や現場に兄弟が居る子は、年に一度会えることを楽しみにしていたり。


 1年間貯めたなけなしのお給料を使って買い物や外食を楽しんだり。


「うーん。行かないかな」

「そっ。そうだよね! 変だよね!」


 答えると、リリンはほっと胸を撫でおろした。


「うーん。僕は、あんまりメリット無さそうだし」


 革命軍のやることは、八芒星ベツレヘムによる政治支配の打倒だ。

 僕のやりたいこととは全くの無関係。

 そりゃ、一生、星屑ジャンクのままは嫌だけど。

 革命軍に入っても、やりたいことはできない。

 何より危険だし。僕に武器なんか扱える気はしない。


「……メリット」

「うん。クーロンは、いつも星屑ジャンクから脱却したいって言ってたし。メリットあるから行くんだろうね。凄いなあ。勇気ある」

「………………バカなだけよあいつは」


 リリンはクーロンが心配なんだ。多分、いつも喧嘩してるのは、その裏返し。


「いつもなんにも考えてないし。エロいし!」


 ……まあ、その喧嘩の原因がいつも僕の裸なのはなんとも言えないけれど。

 きっとリリンは、クーロンに他の女の子の裸を見て欲しく無いんだと思う。

 こんなこと、本人には言えないけど。


「でも、クーロンだけじゃなくて、何人か男子達は行くんでしょ? とにかく、今日と明日が最後だね」

「………………」


 革命とか、戦争とか、武器とか、正義とか。

 僕はあんまり、ピンと来なくて。


「リリンはどうするの?」

「あたし……? あたしは……」


 1年に一度の都市の日なのに。

 リリンの表情は暗い。

 ずっと、お花のヘアピンを弄っていた。

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