第2話 孤児の見る夢

 球体の街スフィアは、スイカ割りのように2つに割ると、射的の円形のまとのように沢山の階層に分かれていて。

 中心部は昔ながらの有力者……いわゆる貴族の階層になっていて、外側は商業区、工業区、産業区に分かれている。この街は端の球体だから、『辺』から遠い側に、工業区がある。僕らもそこに居る。端の端の端。


 僕らは孤児だ。多くは他の区画から弾かれてきた『犯罪者』の子孫。もしくは捨て子とか。このラーメン構造世界の外縁部は、社会的には底辺って訳。


 産業区画で、日々労働をしている。家畜の世話や農作物の世話。工場での作業に、運搬。雑用。なんでもだ。子供は殆ど無給で使われる。

 労働孤児、って呼ばれてる。


「だから謝ってるだろ!?」


 坊主頭のクーロンが半泣きで吠える。

 金髪をポニーテールにして、前髪をお花のヘアピンで留めているリリンが、僕のことを守るように抱き締めながら、クーロンを睨んでいる。


「駄目。ありえない。そもそもなんで『女子寮』に入ってきてるのよ! ばか!」


 リリンも吠える。


「〜〜! 急いでたんだよ! 食堂からなら女子寮のトイレが近いだろ!? 誰も居ないなら使って良いじゃんか! アホ!」

「ほんっとサイテー! クーロンのエロ!」

「なんだと! エロくねーよ!」

「ルピルの裸見といてよく言えるわね! ハゲ!」

「いや禿げてはねーわ!!」


 その他の女子達にも、囲まれている。針の筵だ。


「あの、リリン。ちょっとクーロンが可哀想かなって」

「ルピル! 裸見られたんだからもっと怒りなさいよ!」

「ええっと……。そもそも僕もほら。寮内とはいえ廊下で裸は不注意だったしさ」


 この世界の、一番下の端の端。角っこの角っこ。勿論この『何も無い空間』に上下の概念は無いから、便宜上の上下だけれど。


「ていうかルピルの裸なんか見たって何も思わねえよ。胸もほぼねえし『僕』だし、髪長いだけで殆ど男じゃねえか」

「なんですって!? ハンザイ! アレよアレ、セクサラ!?」

「セクハラだバーカ!」

「うるさい! それよ! あんたハンザイ! エロ罪! 死刑!」


 僕はあんまり気にしてないのに、リリンとクーロンはずっと言い合ってる。このふたりはいつも喧嘩してる。


「うるさいのはお前らだガキ共! 時間だ働け!」

「げっ! ビールフの野郎だ!」


 そして、僕らを監督する大人の介入でいつも喧嘩は終わる。

 その腰に巻いている警備用の星鉄棒で殴られたら敵わない。クーロンもリリンも他の皆も、慌ててエレベーターホールへ走る。

 それぞれの持ち場に散っていった。

 勿論僕も。仕事場は寮からエレベータータワーを降りた先。ひとつ下の階層とはいえ、距離としてはうんと下にある階層。


 ……結局、朝食は摂れなかったなあ。






***






 遅れたけど、僕はルピル。あと1週間で、13歳。僕達の仕事場は整備工場。星鉄部品を組み立てたり、同スフィアの他の街や上のスフィアから運ばれてきた星鉄機械を修理したりして、また送り返す仕事。

 エンジニアって訳。


「なあ、朗報だぞ。『八芒星ベツレヘム』の発表だ。星鉄せいてつの単価、また上げるってよ。俺達の給料も上がる筈だぜ!」

「ほんと?」

「そしたら金貯めて、いつか一般居住区へ行けるかも!」

「やったあ!」


 星鉄せいてつ

 正式名称は確か、新星隕鉄ノヴァ・メテオライト

 『通路』で採れる鉱物。つまり、街のある頂点じゃなくて、ラーメン構造の『辺』で採掘できる。


 その『通路』……スフィアとスフィアを繋ぐ『星間線ゾディア・ライン』自体がとてつもない質量の新星隕鉄ノヴァ・メテオライトでできていて、この世界の『無限の空間』の外から星鉄同士、たまにやってくる。多分引力とかそんな力で。


 ともかくそれを使って、僕らは生活に便利な機械を作り出している。


 で、人類は長い時間を掛けて掘り尽くして、そろそろ星鉄が枯渇しかけてるって話。だから単価を上げるって発表があった訳。

 ベツレヘムっていうのは、ラーメン構造体の中心にある8つのスフィアのこと。僕らが今居るこの世界、64のスフィアを支配している機関だ。勿論、底辺の僕らは逆らえない。


「口じゃなくて手を動かせガキ共!」

「わっ。ビールフ!」


 同じエンジニアの男の子と話していると、監督に見付かっちゃった。ベツレヘムから下請けた企業から派遣されてきている人達。僕ら孤児達を強制労働させている直接の会社の現場監督だ。この辺りの地区の担当官はこのビールフ。いつも怒ってるように見えるから苦手。


「すみません」

「それと。単価が上がってもお前らの給料は変わらねえよ」

「えっ……」


 分かってる。

 クライアントと僕らの間に入る会社が、美味しいところを中抜きして持っていくことなんて。


 あの、浮遊感――


 街の外。星間線ゾディア・ラインで星鉄関係の仕事をしたいって僕の夢は。

 叶わない可能性の方が高いって、分かってる。

 それでも夢見るから、浮遊感だけ味わう為に、毎朝お手製のマスクで外へ出てるんだ。

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