玉兎の檻

弓チョコ

第一章 夢

第1話 浮遊感

 マスクを着けなければならない。空気の入ったボンベに繋いで。

 『外』には、人類の空気は無いから。


 シュー。シュー。


 蒸れる。暑いなあ。ああ。戻ったらまた、顔も身体も汗と結露でびっしょりだろう。


 だけどそれでも。見たかったんだ。

 何にも遮られることのない、光を。太陽を。

 日の出を。






***






 ジャングルジムがある。超巨大だ。超超超、巨大。

 立方体だ。

 直線に囲まれた、角と辺しかない箱。それが、3つ。3×3×3で、27の箱。


 それぞれの『辺』は、道だ。


 それぞれの『辺』が交わる頂点には、人類の生存圏……球儀街スフィアがある。

 4×4×4で64の、球体の生活圏コロニーが。


 僕らは謎の超巨大な『ラーメン構造体』の世界で、暮らしている。


 一番角の、一番下。角の角に、僕の暮らすスフィアがある。

 人口約100万人。他のスフィアと比べると、少し多めの規模だ。真ん中より下、それも最下層は、人口が多い。

 このスフィアは、最下層角の8つのスフィアの内、まだ『マシ』な方だと思う。

 こうして、一番端で、今の季節はどのスフィアにも『辺』にも邪魔されずに日の出を見ることができるから。


「ふう」


 朝の日課を終えて、命綱を握り直す。

 スフィアの外に出ると、身体が浮くんだ。そのまま飛んでいってしまえば、もう戻ってこれない。遥か彼方の果てへと行ってしまって、どこにも着かずに空で餓死することになる。

 この、上を見ても『ひとつ隣のスフィア』すら目視できないくらい巨大なジャングルジムは、縦も横も上も下も無限に続く『何も無い空』に浮いている。


 実際に無限なのか確かめて戻ってきた人は居ないから、『そう教わる』ってだけだけど。


 吸気ホースと一体になった命綱の先端に、星鉄製のフックを取り付けている。自分の部屋から伸ばした特製の改造物干し竿にフックを通して、僕は毎朝『外』へ出ている。


 この浮遊感が好きなんだ。






***






 スフィアはその名の通り、ラーメン構造の頂点を中心に、球体だ。ここは全体で8箇所しか無い『角』のスフィアのひとつだから、ここから繋がっている『辺』は3本。スフィアの中心には重力があるから、スフィアの上を何ヶ月か掛けて歩いて行けば、ぐるりと一周できる。

 球体の一番外側は透明なドームで、いくつものドームが階層になって重なっている。人類の発展と共に外へ外へと増築されていった歴史があるから、スフィアの中心へ向かうほど古い構造物になる。


「よっと。誰にも見付かってないかな」


 スフィアと外を分ける天井に僕らの住処はある。

 外との出入りは、寮の僕の部屋だ。このスフィアでは一番新しい天井をくり抜いてハッチに改造している。大人に見付かると多分怒られるし叩かれるから、慎重に。


「あっ」

「えっ?」


 今は、皆朝食で食堂に居る筈。いつもなら。けど。


 汗をかいたマスクと、シャツと作業着を脱ぎ捨てて。

 部屋から出て、シャワールームへ向かう所で。


「うおおおっ!? すまん!」


 何故かそこに居た同じ寮の男子、坊主頭のクーロンに裸を見られちゃった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る