第3話 駒


 翌日朝、同じようにイヤホンをして音楽を流そうとする。


 「あ、湊……」


 声のした方をイヤホンを外しながら向くと、見覚えのある顔があった。


 「長内か。今日は早いな」

 「2年からは遅刻なしでいこうと思って……」


 真面目にしていれば遅刻なんてそもそもしないはずだが。そして俺が一番不思議なのは、家が隣の彼女が、何故ここまで登校時間が違うのか。


 「せっかくだから、一緒に行かない?」

 「まあ、いいけど」


 こうして、久々に長内と登校することになった。


 「なんか久しぶりだね。小学生ぶり、くらい?」

 「そうだな。中学からは俺の思春期が始まったからな」


 同時に、陰キャ化が進んだ。


 「……私のこと女として見てるってこと?」


 長内は自分の身を抱いて、俺から数歩離れた。

 ここでショックを受けないのは、やはり今までの信頼関係のおかげだろう。


 「そんな胸がでかい男がいるかよ」

 「湊のえっち」

 「ありがとうございます」


 長内はその反応に呆れたようにため息を吐いた。


 電車に乗ると、長内が俺たちの前で本を読んでいるサラリーマンを見て思い出したのか、「そういえば」と話し始めた。


 「なんで文芸部を選んだの? たしかバンド楽器は全部弾けたよね。軽音部とかもあったんじゃないの?」

 「あんなの中学2年の趣味だよ。まあ文芸部を選んだのは、神宮寺先生の圧かな」

 「あのスタイルお化けめ」


 まあ、入部を決定したのは90パーセント杏奈さんなのだが。

 ああ、登校中にばったりあったりしないかな。なんて思いながら、自動的に開く扉から降りて、他の車両に乗ってないかなと周囲を見渡す……まあ、いないか。


 「あ、ななじゃん。おっはー」


 長内の名だから関係ないと思いながらも長内と同じ方を向く。

 そこには、嫌な顔が合った。


 「あかりん、おはー」


 校則に引っかかるスカートの丈、腰に巻かれたセーター、シャツの開いた部分から見える谷間、巻かれた茶髪のに会う濃いメイク。正真正銘、ギャルだ。

 そして去年のクラスにいた陽キャの1人だ。

 そいつは俺の方に目を向ける。その冷たい目が、一瞬だけあの記憶を蘇らせた。


 「東川くんもいんじゃん。なな、もしかして付き合ってんの?」

 「そそそ、そんなわけないじゃん!」


 何を焦ったのか、長内は思い切りぶんぶんと両手を振った。

 それを聞いた奴は嫌な笑顔をする。


 「だよね。ななはもっといい男が似合うよ」

 「いやーどうかなー」

 

 満更でもない顔で照れる。

 すると奴は「てかさてかさ」と俺と長内の間に割り込んできた。

 そこからは、「これかわいくね?」などと俺が関われない話をされたので、やむを得なくその後ろをとことこと音楽を聴きながら歩いた。

 くそ、なんでこんな時にジャズなんだ。せめてフリージャズがよかった。


 しかし校門に行くにつれて仲間が増えていき、いずれ俺は独りになった。そして一通、長内から「ごめんね」とメールがきた。

 そのメールが来たとほぼ同時、肩をぽんっと叩かれた。

 イヤホンを外しながら振り向き、目を見開いた。


 「おはよ、東川くん」

 「あ……お、おはよう富永さん」


 昨日の発言があってから、正直彼女のことが怖い。

 夜な夜な色々考えたが、富永さんが杏奈さんを知っているとは考えにくい。俺が文芸部発言したのは長内、杏奈さん、あと神宮寺先生だ。一番可能性が高いのは長内との会話を偶然聞かれたことだ。

 しかし俺が富永さんの谷間を見たのは長内と会うほんの少し前だ。


 「長内さんとは仲いいの?」

 「え……?」


 唐突な質問に一瞬固まる。


 「電車で見かけてさ。去年違うクラスだったよね。もしかして中学一緒とか?」

 「よ、幼稚園からの付き合いで、家が近所なこともあって……」


 普通に話す分にはただのフレンドリーな明るい女子だ。だがやはり、昨日の言葉が頭によぎる。

 富永さんは「ふーん」と前方にいる長内に視線を向ける。


 「たしか今年は同じクラスだったよね。私も仲良くしたいな」

 「あいつは基本、来る者拒まずだからな」


 今度は「ふーん」とニヤニヤとしながら俺に視線を向けた。


 「で、どうなの? 好きなの?」

 「は?」

 「東川くんは長内さんのこと、好きなの?」


 考えたことがなかった。

 長内は小さい頃からの友人で、それ以上でも以下でもない。たしかにあいつに本気で誘惑されたら、ほぼ絶対抱くだろう。異性としての意識は先ほども言ったがある。

 だが、やはり陽キャが俺は苦手だ。去年からじゃない。本能的にあの種族を拒絶しているのだ。

 だからおしとやかな雰囲気の杏奈さんに惹かれたのだろう。


 だから俺は、今前で太陽のように笑っている長内を見て、はっきり言える。


 「あいつは友達だ」


 だけど、


 「ふーん……向こうは東川くんのこと、好きだと思うよ?」


 その言葉は、正直欲しかった。


 「何言ってんだよ」

 「鈍感主人公は今の時代モテないぞ」

 「その名前がついてる時点でモテてるんだよな……」


 長内ななは、僕の下剋上計画の重要な駒に成る。

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