第2話 文芸部


 「部室、聞いとけばよかったな……」

 「湊……?」


 文芸部の部室を探して校舎を徘徊していると、後ろから名を呼ばれた。振り返ると、そこには久々にみる姿があった。


 「長内か」

 「っ」


 長内なな。俺の幼稚園からの幼馴染みで、家が近所の女子だ。学校では基本カースト上位のやつらと絡んでいて、俺とは真逆の位置にいる。そのため、高校に入ってからは特に関わることがなくなっていた。

 長内はもじもじとしながら上目遣いであざとくなる。


 「な、なんか久しぶりだね」

 「そうだな」

 「湊、髪切ったよね? 教室では一瞬気づかなかったよ」

 「そうか」

 「……」

 「……」

 

 気まずい。


 「ねえ、今から一緒に……」

 「ごめん、俺今から文芸部の方に行くんだ」

 「そっか……」


 切ない顔をする長内に、申し訳なく思う。


 「それじゃ」

 「うん……また明日」


 そうして、俯く彼女を背に歩き始めた。


 10分ほど徘徊して、文芸部室に着いた。

 古くさい木の扉に、綺麗な字で「文芸部」と書かれた紙が雑に貼られていた。

 扉に触れ、少し力を加えると少し動いたから、「失礼します」と言いながらゆっくり全開した。

 

 本棚が狭い部屋の壁を添うように並んでいて、部屋の真ん中にぽつんと置かれた長机。そこにぽつんと座る1人の少女と、眼鏡のレンズ越しで目が合う。


 「――」


 三つ編みを肩にかけているのが似合うおしとやかな雰囲気の少女……といってもリボンが緑だから3年の先輩なのだが。

 彼女は緊張している俺に優しく微笑んだ。


 「どうされなしたか?」

 「あ……た、体験入部に来ました、東川湊です」


 すると先輩は顔をぱあと明るくして俺の方に駆け寄ってきた。手を彼女の小さな両手で掴まれ、ほぼ真下くらいの距離まできて俺を見上げた。

 

 「ほんとですか!?」

 「――っ!」


 近い近い近い……!


 「あ……あの……」

 「あっ! ごめんなさい。わたし興奮しちゃいまして……」


 俺の反応を察して、自分も恥ずかしくなったのか顔を赤くして俺から離れた。

 先輩は先ほどまで自分が座っていたところの向かいの席の椅子を引いて、「こっちにどうぞ」とそこを指した。それに従い、俺はその席に腰を下ろした。

 彼女は元々の席に座り、本にしおりを挟んで閉じた。


 「改めてこんにちは。わたしは文芸部部長で3年の黒田杏子です」

 「こ、こんにちは。2年の東川湊です」


 お互い向かい合ってお辞儀をする。


 「お一人なんですか?」

 「ほんとは2年で1人いるのですが……滅多に来ない子で……」


 自分のことじゃないのに恥ずかしそうに頭を掻く。


 「えっと、湊くんは……」


 名前呼び!?


 「本は好きなのですか?」

 「はい。基本はライトノベルですけど」

 「面接じゃないんですから、肩の力を抜いてください。ただの雑談ですから」


 杏子さんは優しく微笑んだ。緊張している理由はかわいい先輩と二人きりだからなのだが。


 「実はわたしも最近、ラノベにハマってるんですよ」


 そう言って手元に置いていた本の表紙を見せた。そこには確かに有名な作品のタイトルが書かれていた。


 「最近は特に、ラブコメです」

 「あ、それ、俺も読んだことあります」

 「ほんと? この作品、ストーリーがしっかりしてて、1巻で号泣しちゃいました」

 「俺もッす。そういえばこれ、次巻が最終巻らしいですよ」

 「ええ!? ロスになっちゃいますね」


 ……それから俺たちは、ラノベ以外にも純文学などの話で盛り上がり、1時間くらい話し込んでしまった。


 ふと杏子さんが窓上に飾られた時計を見て慌て始めた。5時17分。

 

 「あ、もうこんな時間!? ごめんなさい。わたし、つい興奮しちゃって……」

 「いえ、俺も楽しかったですし」

 「ほんと? よかったです」


 その笑顔がみれてよかったです。と言いそうなくらい、かわいらしく、柔らかく笑った。

 

 遠い職員室に2人で部室の鍵を返しに行き、そのまま帰ることになった……は?

 待て待て待て待て。なんだこの状況!?


 橙色の空の下、男女2人、帰り道……いや、部室の時もそうだけど、雰囲気というか、その辺がまずい。


 「新クラスはどうですか?」

 「え……?」


 突然の質問に一瞬、頭が真っ白になる。


 「ど、どうって……?」

 「何でもいいですよ。とにかくわたしは、部長として、新入部員のことが知りたいのです」

 「まだ入部してないっすよ」

 「……してくれないのですか?」


 切ない上目遣い。よしよしと頭を撫でて慰めてあげたいくらいかわいい。


 「絶対します!」

 「ほんと? 絶対ですよ?」

 「はい!」

 「東川くん?」


 コンビニの前を通るとき、そこから俺の名前が呼ばれた。振り向くと、女生徒3人がアイスを咥えながらこっちに向かってきていた。その中の1人だけ、俺の見知った顔があった。


 「富永さんか」

 「え、なになに美鈴、彼氏?」

 「ちがうわ」


 躊躇なく友人であろう子の頭に拳骨を振り下ろした。


 「部活帰り?」

 「まあ一応。富永さんも? 空手部だっけ?」

 「え、どうして知ってるの?」

 「部室に行く途中で見かけたんだ」


 その時、谷間が見えていたから、なんて言えるわけもなく。


 「東川くんは文芸部だっけ?」

 「「「「え……」」」」


 その場にいる全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。


 「なんで……知ってるの?」

 「だ、だって、去年も同じクラスじゃん!」


 空手部2人は納得した。だが、俺と杏子さんは違った。

 

 「杏子さん、帰りましょう」

 「え、あ、はい……」


 その後の杏子さんとの下校デートは、恐怖のせいで全く集中できなかった。

 

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