第1話 新しい僕
ピピピピ……ピピピピ……
「お兄ちゃん、起きてっ!」
携帯のアラームと我が妹の声で目を覚ました。
手探りで携帯を見つけ、アラームを止めて時刻を確認する。7時01分、いつもどおりの時間だ。
すると、妹の歌奈が俺を覆っている布団を引き剥がした。4月の風はパンツ1丁で寝ていた俺の体を冷やした。
「うぅ……さむ」
縮こまる兄を歌奈は呆れたように見つめる。
「お兄ちゃんって、ほんとに高校2年生なの?」
「まあ今日から、だがな」
「はあ……朝ご飯冷めるから早くして」
「ういうい」
渋々と立ち上がり、まだ覚めてない目を擦りながら歌奈のもとへ行く。その歌奈は俺の美しい体を下から上へと眺めていた。
「体、しっかりしてきたね」
「なんだ、見蕩れているのか?」
「前のお兄ちゃんよりかはね」
その言葉が、努力をした甲斐があったんだと思わせてくれて、嬉しく、少し照れくさくなった。
横にある等身大鏡の方を向いて、確かにあの頃のひょろひょろの体ではなく、細マッチョを自称していいくらいには筋肉がついてきていた。
支度を終えて、登校を始める。
「いってきまーす」
振り返ったが、歌奈からの返事はなかった。近頃の中学3年生は学校にもおしゃれをしていくらしい。
エレベーターでは誰にも出会わないことを願いながら、途中で乗ってきた婆さんに挨拶をする。
エントランスを出ると、鞄の中からイヤホンを取り出して携帯で音楽を流す。
流れてきたのは、ドロップDチューニングの太いブリッジミュートとボーカルのシャウトが目立つメタルだ。下剋上のための第一歩にしては激しすぎるが、まあこれはこれでよい。
校門付近まで行くと、桜が似合う初々しい顔がちらほらと見える。
始業式では校長が「1年生の皆さん初めまして。2,3年生の皆さんは進級おめでとうございます。今年度は……」みたいなことを右から左に流し聞いて、新クラスの教室へ向かった。
「ここから、俺の青春が始まる」
自分に語り勇気付けて、入室する。
すでに何人か来ていて、それにならって出席番号順の自席へ移動する。席は6✕6で、最後列の右から2番目だった。
まずはコミュニケーションで友人を作る。そう考え右隣の隣人に爽やか笑顔で挨拶をする。
「おはよう。俺、東川湊。よろしく!」
「……」
顔の半分を覆う長い髪の隣人は、読んでいた本から目を離して、鋭い目つきをこちらに向けた。
「……」
「……」
そして会釈もせずに読書を再開した。
昔の俺もこういう感じだったのかなと思って、思わずため息が出た。
前に向き直ろうとしたら、ちょうど左の隣人がやってきた。ポニーテールの普通の見た目の女生徒だ。
気を取り直して再び爽やか笑顔を作り、挨拶をする。
「おはよう。俺、東川湊。よろしくね」
「え……?」
何に驚いたのかわからないが、彼女は目を丸くして立ち止まった。そして何故かぱっと明るい笑顔になった。
「え、東川くん!? 私、去年同じクラスだった富永美鈴。覚えて……ないよね」
その名を頭で繰り返してみるが、全く聞き覚えがなかった。
「ご、ごめん……」
「いいよいいよ。席替えのときいつも遠い席だったし、そもそも関わりなかったもんね」
彼女、富永さんは明るく両手を振る。そんな彼女の態度に申し訳なくなった。
富永さんは一端鞄を机の横にかけて着席し、再び俺の方を向いた。
「でも東川くん、雰囲気変わったね」
「まあ……いろいろね」
「今の方がやっぱいいよ」
「そう? ありがとう」
うん、と頷いたと同時に、教室に若い女教師が「お前ら座れ」と強く言いながら中に入ってきた。
長い黒髪の似合う凜とした顔つきの美人。胸は大きく、ウエストは細く、尻は引き締まったナイスバディをスーツがより際立たせている。男子のいやらしい視線と女子の嫉妬の視線が集まる。
女教師は黒板にコツコツと何かを書き始める。
「今日からこの2年1組を担任する、神宮寺だ」
黒板には神宮寺京子と書かれていた。
「(なんか、怖そうな先生だね)」
「っ!」
突如、左の耳に囁かれた。耳が弱い俺はびくっと体が跳ねて、その反応に富永さんも跳ねた。
そして上品に口元に手を添え、くすくすと笑った。正直、めちゃくちゃかわいい。
「(耳、弱いんだ?)」
「(やめてくれ……)」
その言葉でまたくすっと笑った。その後、遠回しに耳が弱いことを認めてしまったことに気づいた。
ホームルームやら掃除やらが終わってから放課後になり、俺は神宮寺先生のもとへと向かった。
「どうした、話って?」
職員室の席で足を組む神宮寺先生は首を傾げた。
「その……今更ですが部活に入りたくて……」
まずは人と関わらなければいけない。そのために何をすべきか。それは部活動だ。
「希望はあるか?」
「俺に合いそうなのを……」
「初対面でそんなのわかるか」
呆れたようにため息を吐く。一瞬、煙草みたいな匂いがして思わず眉を寄せてしまった。
しかし彼女はそんなの気にせず、「行く宛てがないなら」と引き出しの中から1枚の紙を取り出し、俺に向ける。
「私が顧問をしている文芸部だ。部員が少ないのでちょうどよかった」
「俺が本好きと知ってたのかと思いましたよ」
「知っているのは東川湊という名前だけだ。だから……」
神宮寺先生は入部届けの紙を俺の胸に押しつけ、クールで、しかしどこか甘い笑顔をする。
「これからお前のことを知りたい」
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