第25話(過去)


「…………っ」


 つんざくような爆音が連続で鳴り響く。


 テオは一瞬意識を失っていた。

 視界に映った爆煙に再び理性を取り戻すと、慌てて起き上がろうとする。


 だが、がっしりとした大木のような腕がテオを地面へと押さえつける。視線を上げると、ジャックがテオを守るように覆い被さっていた。


「おい、先生!まだ寝ぼけてんのか!俺たちは攻撃されてるんだぞ!」

「……いや。今ちょうど目が覚めたよ。でも、エマは──」

「あいつは駄目だ!あの様子じゃ最初から先生が狙いだ!」



 最初から。

 その言葉が、テオの胸に突き刺さる。

 では、これまでの授業は。これまでの旅は。昨日の夜のことは。すべて偽りだったのだろうか。


 テオは周囲を見回すと、廃墟を盾にして次々と飛来してくる魔術をかろうじて防いでいる状態だった。この場にテオとジャックを留めておきたいのか、魔術の集中砲火は止まらない。


「ったく、だから先生はお人好しすぎるって言っただろ!誰彼構わず救いすぎだ!」

「……そういえば、そんなことも言われたっけ」


 エマを助けて故郷の村に帰すと決めたとき。

 いや、それよりもっと前から、ジャックには警告されてきた。あんたは戦場で生き抜くには優しすぎる、と。


「もっと疑うことを覚えてくれ!あんたは自分が思ってる以上に有名人なんだ!擦り寄ってくるやつを無条件で受け入れ続けてたら、いつか本当に死んじまうぞ!」

「それ、なら……ジャックも疑わなきゃいけなくなるね」

「ああぜひとも疑ってくれ!先生、あんたを生き残らせるなら、それぐらい屁でもねぇさ!」

「……冗談、だよ」


 テオは頭を振りながら、冷静な思考を取り戻していく。

 相変わらず魔術の集中砲火は止まらない。

 だが、いつまでも廃墟に隠れているわけには行かないだろう。すぐに次の手を打ってくるはずだ。


 一刻も早くこの村を抜け出したい。

 わざわざ、この村に誘導して襲撃をかけてきたということは相応の準備をしているのだろう。


 でも、その前にすることがあった。


「エマと、話さなきゃ」

「おい、先生!まだ馬鹿なことを言ってんのか!あいつは今、先生を殺そうとしてんだぞ!」

「それでも……行かなきゃ。僕はあの子の『先生』だからね。生徒が非行に走ったら諌めるのは当然だろう?」


 テオはふわりと笑ってみせる。


 それに──テオは見ないフリを止めるために戦場に来たのだ。

 生徒の安否を確認するために。

 真実を知るために。


 ならば、エマという『生徒』の真実から目を背けるわけにはいかない。


「先生、あんたは俺が会った中で一番の馬鹿だな」


 ジャックは呆れたように肩をすくめて、笑ってみせる。


「なら、俺がエマ以外のガキの相手をしてやる。その間に、先生はエマと決着をつけてくれ」

「いや、僕に付き合わなくていい。ジャックは先に逃げて」

「それを、はいそうですか、と頷けるほど俺は先生の言うことを聞いてこなかったタイプなんでね」


 ジャックは立ち上がると、剣を拾い上げて抜刀する。どうやらテオを置いて逃げるつもりはないようだ。


「わかった……なら、せめてこれを持ってて」

「ん、なんだこれ?」

「自動防御の魔道具、かな。魔力効率は他と比べると異常に悪いけど、十分機能はすると思う」

「……これ売ったら、確実に大金持ちだろうな」

「じゃあ、少なくともこの場は生き延びないとね」

「違いねぇ」


 テオはジャックと顔見合わせて笑う。

 直後、ほとんど同時に、二人は真剣な顔を浮かべると地を蹴って前へと繰り出した。


 途端に魔法陣が次々と空中に展開されるが──その対策はできている。


「《術式解放──》」


 第四世代の魔術理論で紡ぐは、土煙の魔術。

 第七等級に位置するそれは、決して高度な魔術ではない。その代わり、速射性に優れる便利な魔術だ。


 テオが魔術を紡ぎ終わると、視界に煙幕のような土煙が舞い上がった。


 一拍遅れて、魔法陣から魔術が放たれるが、テオを掠めていくだけで当たりはしない。魔術の練度が高くない証拠だ。


 テオは村の廃墟の陰に隠れながらも、子どもたちが放つ魔術についてずっと観察していた。だからこそ、当たらないと踏んで前へと走ることができる。


「おい、エマ!あいつら出てきたぞ!近づかれる前に早く、そのデカい魔術で一掃しろ!」

「駄目!『先生』に情報を与えないで!あのひとはそれだけで──」


「────見つ、けた」


 テオは土煙を切り裂き、突進すると、その先には一組の少年少女がいた。

 

 エマが目を見開く。

 エマの手元にはありったけの魔力が集められた魔法陣が浮かび上がっていた。


 だが、テオの方が先に届く。


 魔力探知の魔術を使い、大きい魔力を放つ存在の位置は最初から頭に入れていたからだ。もっとも魔力だけではどれがエマかまではわからなかったが──先程のエマの仲間の発言で確信を持つことができた。



 テオが魔術を紡いだ瞬間、魔力が蛇の形となって少年を縛り付ける。

 第八等級魔術:蛇縄。

 短い時間しか拘束できない魔術だが、今はそれで十分だ。


 一方でエマにも同じ魔術を放っていたが、彼女の判断は早かった。構築途中の魔術を捨て、逃げの一手を選ぶ。そのせいで蛇縄の魔術は、標的である彼女にぎりぎり届かない。


「エマ、なんでこんなことを!」


 テオは次々と魔術を放つが、エマには躱されていく。激しく動いたせいで、いつもより魔術の構築が雑になっている。

 もっとも、それでも一般的な魔術師を遥かに上回るのだが──テオを知る者からすれば、容易に精彩を欠いているのがわかるだろう。



 これが、戦場に出てわかったテオの欠点だった。


 少し動いただけで、魔術が疎かになってしまう。

 戦闘を前提としていない学者の魔術師と、戦闘の中で生きてきた魔術師。

 彼我の差は学者側に魔術自体の腕があったとしても、戦闘経験の差で簡単に縮まってしまう。


 だからか、二人の間には絶対的な魔術の差があっとしても、今この瞬間は確かに拮抗していた。


「なんで、って!」


 エマは咆える。

 その瞳はキラキラと輝くそれではなく、何処か憎しみさえ感じさせるものだった。


「先生が、あんなものさえつくらなければ、私がこんな目に遭うことはなかったのに!」

 「ッ!」


 エマが高速で繰り出してくる蹴りを、テオは防護魔術を展開して何とか受け止める。

 エマが一つの攻撃を仕掛けてくるたびに、フェイクの動作が幾つか混ぜられていたが、その全てにテオは魔術で対応せざるを得なかった。


 これも、戦闘経験が低いがゆえの欠点だ。

 どれだけ魔術の構築速度が早くても、無駄撃ちさせられればエマの攻撃に間に合わない。


「……なんのこと言ってるかわからない?まあ、あんな魔術を広めちゃう先生にはわからないか」

 

 エマは片頬だけ持ち上げて笑っていた。

 暗く淀んだ目を向け、淡々と話し続ける。


「先生が創って広めた魔術理論……あれのせいで、世界がどうなったか知ってる?」

「エマは、なにを言って──」


 エマの声は冷めきっていた。


「魔力さえあれば誰でも魔術が使えるようになる魔術理論。大袈裟に言えば全人類魔術師化ともいっていい。そのせいで……あちこちの街の治安がどれだけ悪くなったか知ってる?」

「……そんな、馬鹿なことが」

「あったのよ。いつも教室や部屋に立てこもってばかりの先生にはわからないかもしれないけど」


 エマの発言に、テオは何も言い返せなかった。

 確かにその通りだったからだ。

 もちろん、テオが知る範囲で各地の都市に対する影響は調べた。だが、いずれも騎士団が配備されているような元から治安が良い街ばかり。


 では、騎士団が配備されないような──地図にすら載らないような街や村はどうだろうか。


 テオの情報網に載らないような街であれば、影響など把握できようもない。そして、世界にはそんな街や村のほうが遥かに数は多いだろう。


「ある日、この村にライヴェルトの兵士が来たわ」


 ぽつりと、エマは口にする。

 そこから怒涛のように語られる話は、昨日聞いたものとほとんど一緒だった。

 だが、その悲惨さが決定的に違った。


「大怪我をした兵士だった。魔術の素養もなさそうな、剣一筋の兵士だった。村の男衆たちは魔術の教養はないけど、見ればわかるって。だから、たとえ暴れても大丈夫だからって、男衆は……お父さんはその兵士の人たちを助けて」


「魔術で、殺されたわ」


「後から知ったけど、それは先生がつくった第四世代の魔術だった。魔力さえあれば誰でも……怪我人でさえも使える魔術。そんな魔術なんて、村の誰も知らなかった。だから村の大人たちはみんなは殺されて、子どもたちだけが生き残った」



「あいつは、私たちを攫った。あいつは消えても都合がいい子どもたちを探してたの。色々と叩き込まれたわ。魔術、殺し……身体も随分と弄くり回された。そうして、出来上がったのが私たち。将来邪魔になりそうな魔術師を殺す──そんな役目を負ったあいつの奴隷よ」


 エマは嗤う。


「ねぇ、同情した?なら助けてよ、先生」

「エマ、君は──」

「……でも、もう無理。私たちは戦うしかない。あいつに嘘の報告をしてたけど、それも見抜かれた。ねぇ、先生。こんな結末を変えるなら、昨日が最後だったんだよ」


 見ないフリをすれば。

 目を背けて、前へと歩き出さない選択をすれば。

 少なくともこんな終わりではなかった、と。

 エマはそう言っていた。


 いや、違う。

 そうではない。

 きっと、もっと前からこの結末は決まっていた。

 エマ自身が言っていたではないか。


 ──先生が、あんなものさえつくらなければ、私がこんな目に遭うことはなかったのに。


 テオが新しい魔術理論を創り、広めた時から、この終わりはきっと決まっていた。


 エマはそれ以上語るつもりはないようだった。

 代わりに、彼女は懐から注射器を取り出して自らの首筋に刺しながらそれを口にする。



 災厄を呼び寄せる呪文を。




「目覚めて、《獣の王》よ」





「──《因子覚醒アウェイクン》」




 直後、エマの身体がぐにゃりと歪み。

 現れたのは、複数の魔獣が合体したかのような《合成獣キメラ》だった。

 



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2024年12月4日 18:30

魔王ノ教室 〜一周目で生徒を全員殺された魔術教師、二周目は悪役教師となって「最強」へと育てあげる〜 篠宮夕 @ninomiya_asa

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