第23話(過去)


 ──これは過去の記憶だ。




 一周目の、あの地獄の戦争のときの時間。

 教え子が戦争に駆り出され、安否をはっきりとさせるために旅をしたあの時間。

 結末は悲惨であることは決まっているが、それでも穏やかな時間はあった。



 そして、そのとき、テオはというと──



「はい、テオ先生!質問いーい?」


 戦場だというのに、一人の少女に向かって相変わらず『先生』をしていた。





◇ ◇ ◇



「よし、休憩終わりだ。先生も行けるか?」

 

 テオの前で、一人の男が荷物を背負うと元気よく立ち上がった。


 見た目は屈強な男だった。

 筋肉隆々。長時間の行軍で日に焼けたせいか、肌は黒い。だが、笑うと愛嬌がある男で心優しい。ずっと屋内に引きこもりだったテオが、戦場を歩き回れているのも、この男のおかげだった。


 名前は、ジャック。

 年齢はテオと同世代で、正確には一つか二つ上だっただろうか。


 とある戦場で、テオが助けて以来、ジャックは傭兵のような形で一緒についてきてくれていた。『各地で活躍していたはずの生徒の安否を確認しに行く』という自殺行為の行脚に。

 本来の戦争であれば、テオたちは軍の配下で厳しい規律のもと動かねばならないはずだ。少なくとも、テオとジャックが勝手に各地を歩き回れるはずもない。


 だけれど、サンクティア王国ではすでに軍の大半が機能しなくなっていた。

 あまりに戦力が枯渇した結果、冒険者に頼ってしまったからだ。


 冒険者たちと軍は昔から相容れない。

 だけれど、冒険者のトップ層は単騎で戦況すら変えてしまえるほどの実力者もいる。故に、サンクティア王国の貴族たちは冒険者に多大なる見返りと規律で縛らないことを約束した上で、一緒に戦ってほしいと要請したのだ。


 結果的に、冒険者たちの力で盛り返すことはできたが──統率されていない冒険者たちの力では、明らかに効率は悪い。戦況は膠着状態に陥っている。

 もっとも、テオも大きな区分では冒険者たちと同じ扱いだ。そのため、ジャックと二人で戦場を駆け回ることができていたのだが。


 そんな二人の行脚には、もう一人のメンバーがいた。それが、テオの『生徒』であるエマだった。


「……ちょっと待って。もう少しで終わるから」

「もー。先生、それ、ついさっきも言ってたよ!」


 ジャックの呼びかけに、テオは手元で作業をしながら答える。すると、不意に強制的に顔を持ち上げられた。


 テオの顔を両手で持ち上げていたのは、一人の少女だった。


 年齢は、カリナたち教え子より少し下程度だろうか。

 短い茶髪に、可愛らしい顔立ち。

 活発そうな印象を与える女の子だったが、特徴的なのはその目だった。この戦争の中で、悲惨な目には何度もあってきたはずだ。それでも瞳の中から輝きを失うことなく、前を向いている。


 そんな少女──エマは不満を主張するように頬を膨らませていた。


 とうに支度を終えているからだろう。既に大きな荷物を背負っており、いつでも出発できそうな装いだ。

 エマはジャックと戦場を歩いている中、つい一ヶ月ほど前に助けた女の子だった。


 どうやら、故郷の村で過ごしていたときに、隣国ライヴェルトの兵士が襲撃してきて攫われてしまったらしい。テオたちはそのライヴェルトの兵士と戦場で戦い、彼女を偶然にも助けたのだった。

 今は、そんな彼女を故郷の村に帰す旅の途中でもあるのだが。


 テオは作業を終えながら、エマたちに謝る。


「ごめんごめん、ちょっと魔術の印を入れててさ」

「魔術の印?」

「なんて言えば良いかな。物体に魔力を込めながら魔術の印を刻むと、魔術的効果を付与できるんだ。つまり──」

「つまり、魔道具を作ってるってこと?」

「そうだね」 


 出来のいい生徒に、テオは微笑む。

 テオが彼女の『先生』になってからまだ一ヶ月も経っていない。

 だというのに、彼女は凄まじい勢いで成長している。あと一ヶ月追加で授業ができれば、一般的な魔術師にすら到達するかもしれない。一ヶ月前まで魔術を何も知らなかった少女なのに、だ。


「で、なにをつくったんだ、先生」


 魔道具が気になったのか、ジャックが口を挟んでくる。


 ジャックも先生と呼んでくるが、テオが彼にも魔術を教えているというわけではない。

 以前、一度だけ魔術学の触りだけ教えたところで、ジャックが断念してしまったからだ。曰く『俺には合わねえや、剣を振ってた方が好きだ』とのこと。


 それでも、テオがつくる魔道具には興味があるらしく、ジャックは興味津々に覗き込んでくる。

 前にテオが作った《いつでも火の魔術が使える魔道具》を気に入ったからだろうか。

 似たような魔道具は既に存在するが、テオが作ったそれは小型かつ一年以上使える代物だった。どちらかは満たしていても、両立し得るものは中々ない。


 ──そして、テオが今回作ったものは《水を綺麗する水筒》だった。


 どんな水でも水筒に入れてしまえば、濾過されたように綺麗になり飲み水になるという物だ。

 テオが説明すると、ジャックとエマはあんぐりと口を開ける。


「これ、やばいな……」

「そうだね。やばいよね、ジャックさん」

「やばい?」

「だってよ、先生。これ例によって一年以上使えるんだろ。しかも、この小型サイズで」

「そうだね?」


 テオは自分が作る魔道具の利点は、その効率性だと考えている。

 アイデア自体はそれほど珍しいものではない。異国の書籍等からアイデアを得たものだ。場合によって既に他の誰かがつくっていることがある。

 だが、小型かつ、魔術師がいなくても長期間使えるという点は他では見受けられない。


「こんなの、もし流通したら……大金持ちどころじゃねぇぞ」


 ジャックは頬を引き攣らせながら言う。

 冗談にしては真剣すぎる表情だが、隣のエマも何故か似たような顔つきをしていた。ちらりと大量の荷物を見ながら、ぽつりと呟く。荷物の中身の半分程度は、似たようなテオの発明品ばかり。


「いや、私たちも不味いかも……先生が作る魔道具に慣れちゃったら、もう旅できないかも」

「ははっ。ジャックもエマも、冗談が上手いなぁー」

「…………」

「冗談だよね?」


 何故か二人は黙りこくったままだった。

 代わりに、二人は荷物を背負ったまま、先に歩き出してしまう。


「……先生にいつまでも付き合ってるわけにもいかないし、そろそろ行くか」

「……そうだね。先生のこれはいつものことだし」

「ま、待ってよ! す、すぐ行くから!」


 テオは慌てて荷物を片付けると、二人の背中を追っていく。

 



 だが、テオの戦場における最初の旅はこの三人で行われていた。



 生徒の安否を確認するために戦場に現れた魔術学の学者──テオ・プロテウス。

 そんなテオについていくサンクティア王国の傭兵──ジャック。

 そして、故郷の村に帰るために同行している少女──エマ。




 このときは、まだ生徒たちが死んでいるとは知らないときのことだった。





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