第22-2話

「じゃあ、行くぜ」


 サルビアはテオに考える暇も与えなかった。

 テオが承諾すらしていないのに、サルビアはもう構えている。


 瞬間、サルビアは地を蹴った。

 バンッ、という風の音すら置き去りにし、地を這うような姿勢で高速で迫る。


「ッ」


 そのときには、テオは魔術を唱え、完成させていた。

 半透明の球体のような結界を三重に構築する。

 防護結界魔術。即席ならば、テオの中で最高峰の強度を誇る防御。


 そんな防護結界に、


「う──らあああああああああああああッ!」


 サルビアは雄叫びとともに、拳を叩き込んだ。

 テオの計算上は、第三等級魔術──つまりは、宮廷魔術師クラスの魔術までなら受け止めることができる代物のはずだった。


 だが、


「────ッ」


 めきり、と半透明の結界にひびが入り──三重の結界がただの拳で破壊される。


 直後、衝撃波が吹き荒れた。

 地面が捲れ上がり、周囲の木々がへし折れていく。テオも地面に立っていられずに体勢を低くしたまま、再び防護結界を張り直す。


 だけれど、テオが背後を一瞥すれば、たった一撃で景色すら変貌していた。

 まるで、竜種が暴れたかのような光景。

 さっきの不意打ちの蹴りなど、彼女にとってはただのじゃれあいに過ぎないだろう。


「不思議だろ? なんでただの拳がここまで威力を持つか」


 サルビアはにかっと笑いながら、片腕をぶんぶんと振ってみせる。

 だが、テオは首を横に振る。


「いや。原理はわかっている」

「ちぇっ、つまんねー。説明させろよ」


 どこか拗ねたように、サルビアは唇を尖らせる。

 本来であれば、魔術戦中に自分の魔術について説明するなど、よっぽど相手を舐めてない限り有り得ないが……サルビアのそれは例外だろう。


 原理がわかったところで、対処ができないからだ。

 



 ──魔術は神と密接に関連している。



 魔術とは神の力の産物だ。

 そんな魔術を扱う魔術師の能力は、一般的に『魔力量×術式許容量×術式処理能力』で定義される。


 だけれど、これは正確ではない。


 最も大事な要素である、神の好感度というものがある。

 魔術学では《神域接続能力》と呼ばれるそれは、神とどれほど繋っていられるかを示す指標だ。

 先程の魔術師の能力の定義に、この《神域接続能力》が含まれていないのは、ほとんどの人間には無視できる程度しか変わらないからだ。


 しかし、稀に、異常なまでに神に愛された人間が存在する。


 たとえば、サルビアのような《聖女》と呼ばれるような人間だ。そして、カリナも程度の差はあるが該当する。

 神の寵愛を全面的に受けることができる彼女たちは、超人的な力を発揮する。


 普通、魔術師は、第二世代までの魔術を使うときに神と繋がる。そうして神の業を、術式を、この身に宿す。逆に言えば、それ以外のときは神とは繋がらない。


 しかし、神に愛された彼女たちは、魔力ある限り常時繋がることができる。

 つまり、常に神の力を全身に纏っているようなものだ。


 そんな彼女たちが拳を振るえば、どうなるか。

 答えは見た通り──ただの殴打が一つの魔術と化すのだ。

 そしてそれがわかったところで、神との接続を遮断する術はない。




 存在自体が反則級。

 今の時点では、勝つことは不可能だろう。

 だけれど、テオもやられっぱなしでいるつもりはなかった。


「ッ」


 第八等級魔術:光屈折。光を操ることで姿を消してみせる魔術。

 テオの姿が虚空に消えていっているのだろう。サルビアの目が大きく見開かれる。

 その間に、テオはサルビアの死角へと移動しながら魔術を構築する。

 なるべく気取られないように、高速で駆ける魔術を選択する。


 隠密。死角。高速の魔術。

 有利な条件が揃った状態で、テオはサルビアに向かって紫電の魔術を放つ──!


 その寸前。

 ぐりん、とサルビアが何故かこちらに首を動かし。


「──遅えッ!」


 気がつけば、サルビアは魔術に向かって的確に拳を繰り出していた。

 サルビアの拳に触れた瞬間、紫電の魔術は弾かれて上空へと飛んでいった。紫電に触れたにも関わらず、サルビアは傷一つ付いた様子すらない。


「おい。まだ全力じゃねぇだろ。いつまで奥の手隠してるつもりだ?」


 サルビアはこちらを見透かしたように言ってくる。


「あたし相手に出し惜しみできると思うなよ」


 犬歯を剥き出しにして、獰猛に笑うサルビア。

 死角からの一撃にすら対応する反射能力。

 彼女に勝つどころか、あと数分間耐えるのすら厳しいだろう。




 だけれど、テオはそれを見越してもう手を打っている。




 サルビアは再び地を蹴ろうとする。

 だが、その瞬間。頭上から鳴り響いてきたのは聞き慣れた少女の声だった。


「なに!やって、るんですか!」




「────姉さん!!!」




 大きく跳躍してきたのだろう。

 果たして──テオとサルビアの間に上空から着地して割って入ってきたのは、カリナだった。


 着地と同時に、カリナはサルビアの頭を踏み潰す。ぐぇっとカエルが踏み潰されたような音ともに、地面に叩きつけられるサルビア。


 サルビアはがばっと起き上がると、テオに向かって叫ぶ。


「てめっ──わざと、さっき強力な魔術を撃っただろ!カリナに知らせるために!」

「さあな」


 テオは服についた土を払いながらそっぽを向く。

 だが、サルビアの言う通りではあった。


 最初からサルビアにまともに付き合う気はなかった。そもそも、準備不足の上に、完全武装の不意打ちすら難しい状況で、かの聖女相手に真正面から戦うような真似はしない。あまりにもサルビアに有利すぎる。



 ゆえに、テオはうやむやにすればよかったのだが……この戦いを止めるのは、簡単だ。単純にカリナを呼べばいいのだから。



 だから、テオは紫電の魔術を過剰に魔力を込めて撃った。あそこまで綺麗に弾かれるのは計算外だったが、紫電が上空を駆けるのを見て、カリナが不思議に思わないわけがない。その少し前に、サルビアが全力で景色を変えるほどの一撃も放ってるのだ。



 カリナであれば何かしら異常があったと思って駆けつけるはず。



 テオの読みは当たり──そして、あとは見ての通りだ。



「てめえっ、ズルだぞ!あたしともう一回やれ!」

「姉さん……?」



 カリナが額に青筋を浮かべる。

 そして、サルビアはカリナにずるずると引きずられていく。まるでその扱いは荷物だ。




 だが──



 ──おい。まだ全力じゃねぇだろ。いつまで奥の手隠してるつもりだ?



 サルビアの声が脳内で蘇る。

 サルビアの言葉通り、テオは奥の手を隠している。



 未来での戦争を経験したが故に、新たに構想したテオのオリジナル魔術。最後まで足りなかった魔術理論も、デイジーから研究結果の提供を受けることで、ようやく完成の域にまで辿り着いた。




 でも、それを使ったとき、テオは何が起こるかもう知っている。




『いや、いや……テオ……せんせい……わたし、死にたく、ない……』




 テオが生み出してしまった技術の結果、死んでしまった少女の声が脳内で木霊する。




 その声は光景とともにずっと頭から離れない。

 ずっと。ずっと。ずっと。


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