第22-1話

 ……なんだ、これは?


 聖女サルビアの隣を歩きながら、テオは内心で怪訝な声を漏らした。


 聖女の庭園リリィ・ガーデン

 その学舎の敷地内にある伝統と歴史の庭園の中を、二人で歩いていた。


 魔術と人の手で綺麗に整備された庭園は、まるで物語の世界のよう。聖女の庭園に入学した生徒の中には、この精緻な庭園を見て、通うことを決めたという者もいるほど。


 だが、一周目では、サルビアとともにこんな風に過ごすことはなかった。


 いったい、どういう風の吹き回しか。

 テオが眉をひそめていると、サルビアは唐突に話を切り出してくる。


「カリナが……なかなか首を縦に振らなくてな」


 最初、サルビアが何の件について言っているかわからなかった。


 しばしの間のあと、テオは理解する。

 カリナの退学の件について言っているのだ。


「理由を問い詰めたら、先生の話を出てきたよ。くくっ、なかなか酷い先生らしいな」

「……カリナはなんと?」

「色々聞いたぜ。魔術学の教師なのに最初は魔術に触れさせもしなかった。度を超えた指導、挙句は魔力が枯渇したところで小鬼の巣に突っ込ませる……とても、魔術学の授業とは思えないってな」

「…………」


 まあ、それはその通りだ。


 テオは魔術を覚えることを重要視していない。

 すべては生き残るためだ。


「おまけに、先生、魔術学の教師なのに魔術が嫌いなんだろ? あいつ、息巻いてたぜ。絶対先生に魔術の素晴らしさを教えてやるってな」

「……そう、ですか」

「でもな、あいつ、楽しそうに話すんだ。小鬼の巣に突っ込ませた件については怒っちゃいたが……まあ、それは他の生徒の身の安全を心配して、だ。」


 サルビアは口元を緩めながら語る。


「あいつは楽しそうに喋ることも、怒ることも、滅多にないからな……新鮮だったよ」

「…………」

「だから……あいつが首を縦に振らないのは、先生がいるからなんだろうな。良くも悪くも、今は先生から離れられないでいる。先生のことを『危うい』とも言ってたぜ。それが心配だともな」


 危うい。

 カリナがテオのことをそう感じていたのは意外だったが、同時に離れられない理由にも納得する。


 未来で、カリナは《聖女》となる。

 誰にも優しく手を差し伸べ、救いを授ける聖女に。だとすれば、今のテオを放ってはおけないだろう。


 テオは自分のことを『危うい』とは思ってはいない。

 だけれど、カリナがそう感じ取ってしまったのならば、彼女は自身の善性がゆえにテオを見捨てることはできないのだろう。



 いつしか、二人は庭園を抜けて校門前の通りに出ていた。

 両脇には綺麗な白い花を咲かせる木々が立ち並び、通りが校門前まで長く続いている。


「だからさ、先生」


 サルビアは広い通りに出たところで、こちらを振り向いた。

 屈託のない笑顔。悪意を微塵も感じさせないまま、彼女は告げる。


 








「悪いけど──ちょっと死んでくれ」


 





 ────ゾクッッッッ!


 背筋に神経に直接冷気をぶち当てたかのような感覚が襲ってくる。


 完全に油断していた。

 だが、戦場で育てられた本能が反射的に顔の前に両腕を掲げさせる。

 一拍遅れて、凄まじい衝撃が全身に叩きつけられた。


 顔を狙って振り抜かれた蹴りが、テオの掲げた両腕を捉えたのだ──そう理解したときには、テオは吹っ飛ばされていた。


「ッ」


 吹っ飛ばされながらも、空中で身体強化魔術、防護魔術を展開しながら、何とか地面に足をつける。だけれど衝撃は簡単には殺せず、十メートル程度地面に靴跡を残しながら後退したところで、ようやく止まった。


 サルビアの蹴りを受け止めたテオの両腕は、真っ赤に腫れ上がり変な方向に折れていた。


「…………ありゃ?」


 一方で、サルビアは蹴りを放った姿勢のまま、不思議そうに首を捻っていた。

 やがて状況を理解すると、犬歯を剥き出しにして笑う。


「やるじゃねぇか、先生。半分殺す気でやったんだけどな。先生、あんた──ただの学者先生じゃねぇだろ。あたしの蹴りを防ぐやつなんか、そうはいないぞ」

「……いったいどういうつもりだ?」


 サルビアの賞賛に何も返すことなく、テオは敬語すらかなぐり捨てて問いかける。

 何故、急に襲われたのか理解できなかった。


 だけれど、その前の会話から察するに──


「カリナが自分で退学しようとしないから……僕を殺すと?」

「まあな。正確に言えば、先生を半殺しにすれば、あいつも幻滅するんじゃねぇかと思ってな。あとは、魔族狩りを対処してみせた噂の先生と戦ってみたかったってのもあるな」

「…………」


 思考が脳筋すぎる。

 だから、じゃあ半殺しにしてみるか、とはならない気もするが。


「まあ、それだけじゃつまらねぇから、カリナも懸けて勝負してみるか?あいつを勝手に懸けたなんてことがバレたら、死ぬほど怒られるだろうが」

「懸け?」

「ああ、負けた方はカリナを諦める──なんてのはどうだ?」

「……僕が諦めたところで、カリナは自分の道は自ら選ぶと思うが」

「それならそれでもいい。要するに、先生があいつを唆さないという保証が欲しいのさ」


 それは、テオを買い被りすぎだろう。

 まるで、テオがカリナに『自分のもとにいろ』と言えば、素直に従うかのような言い草だ。


 だけれど、そう言い返す代わりに、テオは言う。


「第一、そもそも聖女様相手に、ただの教師が勝てるとでも?」

「おいおい、謙遜はやめろよ。先生がただ者じゃねぇのは、さっきのでわかったんだからさ。ただ、まあ──手加減はしてやるよ」

「手加減?」

「聖女の魔術は──《魔法》は使わないでおいてやる」


 魔法。

 それは、《選ばれし者》しか許されない超常の奇跡だ。


 大雑把に言うならば、魔法は魔術の上位互換だ。

 選ばれし者と同等の超越者である聖女は、当然のように行使できる。

 確かに魔法を使われたならば、そもそも勝負にすらならないだろう。


 しかし、たったそれだけで、適切な勝負になっているかは怪しいが。




「じゃあ、行くぜ」

 


 サルビアはテオに考える暇も与えなかった。

 テオが承諾すらしていないのに、サルビアはもう構えている。


 瞬間、サルビアは地を蹴った。


 


 


 


 


 

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