第20話
カリナ=ルドベキア。
一周目で、彼女は卒業から数年後には《聖女リリィの再来》とすら呼ばれ、《聖女》の称号を得ることになる。
だが、今、この時代においては違う。
サルビア=ルドベキア。
彼女こそがその称号の持ち主──現代の《聖女》だ。
聖女という称号は絶大な権力を持つ。
サンクティアの王と教会に認められ、世界にもその名を轟かせるほどの魔術師。
だが、それは決して魔術師としての技量の高さを示すわけではない。
最も神に気に入られた魔術師の称号であり、聖女リリィと同じ超越者であることを示す。
──その聖女が、聖女の
応接室。
苛烈な印象を与える赤髪の女性が豪快に足を組みながら座っていた。
見た目は、二十代前半にも見える。
特徴的な点は幾つもあった。
たとえば、赤髪はまるで手入れを怠ったかのようにボサボサであること。犬歯を剥き出しにして笑っていること。神官を思わせる純白の衣服を身に纏っているはずなのに、やたら露出が多いこと。
だが、もっとも特徴的なのは──片手片足が義足であったことだった。
最高峰の魔術でつくられたであろう、鎧化された鈍色の義足。
世俗に興味がないテオですら、もちろんその顔は見たことがあった。
「──お。よっ、カリナ!」
「……サルビア姉さん」
テオとカリナが応接室に足を踏み入れるや否や、サルビアはにかっと笑って親しげに片手を挙げた。
一方で、カリナはなんとも言えない微妙な顔をしていた。
ちなみに、この場にイザベラとシュエはいない。同席を許されたのはテオとカリナのみだ。
応接室にいたのは、リリィ・ガーデン側からはアネモネ=ブラックウッド、カリナ、そしてテオだ。
対して、サルビア側には、従者らしき魔術師と兵士が全部で五人程度揃っている。
聖女様の護衛としてはやや人数が少ないような気もするが──聖女自体が超一流の魔術師だ。彼女一人で過剰すぎる戦力なのだから、十分なのかもしれない。
だけれど、テオは自分が同席を許された理由がわからなかった。
一周目ではサルビアの来訪はあったものの、この場には同席できなかったからだ。
……どういうことだ?
魚の小骨が喉に刺さっているかのように、僅かな嫌な予感が脳裏から離れない。
と、そこで。
サルビアがカリナから視線を横にずらして、こちらに笑顔を向けてくる。
「で、あんたがカリナの先生か。魔族狩りの件では頑張ったって?」
「……いえ、別に。たまたまです」
「随分と謙遜するじゃねぇか。《現代魔術の申し子》とまで言われようが、ただの学者先生なら興味はなかったが──戦えるなら別だ。ちょっと後で組み手でもやろうぜ」
「姉さん」
嗜めるように声を発するカリナ。
呆れたような表情を浮かべた後、カリナが小声でぼそぼそと言ってくる。
「……すみません、先生。姉さんは……ちょっと血の気が多いので。適当にあしらってください」
「おーい、カリナ聞こえてんぞ。姉さんも傷つくんだからなー」
「何か言いました、お義母さん?」
「なっ──おまっ、それ止めろと言っただろう! 姉さんって呼べって言っただろうが!」
「正式な続柄は、母でしょう?」
「ああ言えば、こう言いやがって。ったく、反抗期かねぇ」
サルビアはやれやれと肩を竦めて見せる。
だけれど、テオがこの場に同席が許された理由は朧げながらわかった。
魔族狩りの件だ。
一周目では大事になる前に、テオがデイジーと決着をつけた。
それ故に、表にあまり情報が出ることはなかった。
だが、今回は違う。
シュエが大暴れしたせいで、さすがに全てを隠蔽することはできなかったのだ。
代わりに、テオが全て引き起こしたことにしたが──そのせいで、『戦える』学者という認識が広まって一周目と状況が変わってしまったのだろう。
「そういや、先生はあたしとカリナの関係は知ってんのか?」
そこで、ふと疑問に思ったのか。
サルビアが訊ねてきたことに、テオは首肯する。
「ええ……孤児になったカリナを引き取ったと、そう聞いています」
「まあ、そういうことだ。つーわけで、聖女なんて呼ばれてるが、一人の保護者だと思ってくれ。よろしくな、先生」
サルビアの言葉に、テオは静かに頭を下げる。
かの聖女様にそう言われようと、ほとんどの人間はただの保護者として扱えるわけはないだろうが……一応言っておくのが、サルビアの気遣いなのだろう。
「んん……それで、ルドベキア様は今回何故ご来訪を?」
そこで割って入ってきたのは、アネモネだった。
アネモネの言葉に、サルビアは頷きながら答える。
「ああ、そうだな。じゃあ、本題に入るか。これはまだ未確定だが……怪しい魔術組織がこの辺りを彷徨いてるって情報を手に入れてな」
サルビアの情報に、テオはああと腑に落ちる。
一周目では、近々、リリィ・ガーデンは魔術組織に襲われる。
恐らく、そのことを言っているのだろう。
テオは一周目にはこの場への参加が許されなかったが、一周目のときにも似たような会話がなされたに違いない。
「わざわざ、ルドベキア様が足を運ぶほどの魔術組織ですか?」
アネモネは眉をひそめていた。
テオはその魔術組織の脅威を正確に把握している。
だからこそ、サルビアの言葉に疑問は覚えないが、アネモネは初見であるがゆえに違ったらしい。
だが──サルビアが続けた言葉は、そのテオすら予想だにしないものだった。
「ああ。最近、『裏』ではあちこちで聞く名前だからな。もしかしたらブラックウッド先生も知ってるかもしれねぇ」
「最近、『裏』で聞く名前というと……もしかして」
「ああ」
サルビアは頷き、真剣な表情とともに告げる。
「《正神教会》……正しき神とやらに動く魔術師たちのことは知っているか?」
…………………………は?
あまりにも予想もしていなかった名前に、テオは思わず内心で声を漏らした。
正神教会。その名前を忘れるはずもない。
だが──だが、有り得ないはずだ。
その名前は、あの片眼鏡の男が名乗った組織の名前なのだから。
──君の推測の通り、私はライヴェルトの人間ではない。
──《正神教会》。正しき神を追い求める者さ、どんな手を使ってでも──戦争を引き起こしてでもね。
何故、今、あの組織の名前が出てくるのか。
一周目のときは、その名前は聞きすらもしなかったのに。
……いや、違うな。
テオは自身の考えを否定し、新たな仮説をたてる。
おそらく一周目にも、テオが知らなかっただけで正神教会が関わっていたのだ。
だとすれば、この後のリリィ・ガーデン襲撃にも別の意味が出てくる。彼らが何を狙っているのか正確にはわからないが、もしかして……。
と、テオが思索している横で、サルビアとアネモネの会話が続いていく。
「……正神教会ですか。確かに彼らの名は最近聞くようになりましたね。ということは、ルドベキア様は彼らを捕えるために?」
「ああ。可能なら、ここを拠点にさせてくれ。外からはカリナに会いにきたように見せてほしい。正神教会の奴らには不審に思われたくねぇ」
「騎士団への連絡はいかがしましょうか?」
「やめてくれ。あたしが勘づいていると気づかれたくねぇ。情報はどこから漏れるかわからないからな。護衛の人数を絞ったのもそのためだ。……ああ、それと大事なことを聞くことを忘れてた」
「大事なこと?」
「ああいや、これは──こっちのことなんだ」
言って、サルビアはカリナに視線を向ける。
そうして彼女が続けた言葉は、テオが一周目にも聞いたことがあるものだった。
「なあ、カリナ。この学校をやめて、あたしについてこないか? 前から考えてた計画が実現しそうなんだ。きっと、お前のためにもなるはずだ」
「…………えっ」
カリナは目を見開いて、声を漏らした。
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