シュエSS1


 聖女の庭園の三年生たちは、卒業を一年後に控えた身だ。

 だからこそ、彼女たちには定期的に進路調査が行われる。



 それは、第七庭園の生徒たちも例外ではなかった。

 とはいえ、概ねはテオが一周目で知った進路希望だ。大きな変更は今のところはなさそうだった。



 ──たった一人を除いては。



 聖女の庭園リリィ・ガーデン

 教職員一人一人に割り当てられた、テオの授業準備室。


 テオは、教え子の一人であるシュエに向き合っていた。


 可愛らしい人形のような印象を与える少女だった。

 氷色の長髪は二つに括られ、前髪は整った顔を隠している。

 小柄で、服の袖が余っている。リリィ・ガーデンの制服を着ているが、特注でフードをつけていた。おそらくその奥に潜む一対の角を隠すためだろう。


 ここまでは、以前までと同じ特徴だ。


 だが、最近変わったのは──だった。

 抽象的な表現だが、何故かそうとしか見えないのだから仕方がない。

 時々、瞳からは光すら失われているように見えるのだから不思議だ。



 そんなシュエの進路調査には、こんな回答が記載してあった。



『第一希望:せんせいのお嫁さん』

『第二希望:せんせいのお嫁さん』

『第三希望:せんせいのお嫁さん』



「…………シュエ」

「はいっ……なん、でしょうか?」


 テオが声をかけると、シュエはぱっと笑顔を輝かせて視線を持ち上げた。


 彼女の頬は赤く染まり、目が潤んでいるような気すらする。

 何か期待するような視線。


 だが、テオは冷徹な声で命じる。


「このふざけた進路調査は認められない。書き直しだ」

「そん、な……!」


 ががーん、とショックを受けたような顔をするシュエ。


 しかし、すぐに何かに気づいたかのように、はっとした顔をつくると、シュエはうんうんと頷く。


「確か、に、わたし、ふざけて、ました。書き直し、ますね」

「ああ、ぜひともそうしてくれ」

「お嫁さん、ゴール、じゃ、ありません、からね。せんせいと、一緒の、お墓に、入るで、書き直し、ます!」

「そういうことじゃない」


 ずきずきと頭が痛む。

 どうして、どいつもこいつも僕の言うことを聞かないんだ。


 テオは頭を押さえる。最近は生徒たちのせいで、頭痛に悩まされることが増えた気がする。気のせいだと思いたい。気のせいだと言ってくれ。


 頭痛に顔をしかめながらも、テオは冷たい声で説明する。


「……大前提だが、進路調査に『僕のお嫁さんになる』なんて書かないでくれ。『一緒のお墓に入る』もなしだ」

「そん、な…………あっ、いえ。わかり、ました。今は、(内緒に)、したい、から、ですね」

「…………は?」

「いえ。わたし、理解、しました。せんせいの、お嫁さんも、お墓も、どちらも、書きません。別のを、書きます、ね」

「本当に理解してるのか? 問題になるから書くなと言ってるんだぞ?」

「はい。理解、してます。問題に、なるから、ですよね?」


 にっこりと笑顔を浮かべるシュエ。


 何故か噛み合っていないようにも感じるのは気のせいだろうか。

 テオはシュエの台詞が一部聞き取れていなかったが、致命的な言葉を聞き逃したような気もする。


 ……大丈夫か?


 どうしようもなく不安になってしまう。

 だが、理解しているというのなら、これ以上追求する意味もないだろう。



 ──と、そこで。


 シュエは顔を朱色にしたまま、視線をそわそわとさせながら窺ってくる。


「と、ところで、せんせいは……何人だと、いいと、思いますか?」

「は?」

「実は、わたし、もう、、年齢……なん、ですよ?」

「…………?」


 何かを大切なことをアピールしたかのように、顔を真っ赤にしながら上目遣いで見つめてくるシュエ。


 言葉が所々抜けているせいで、具体的に何を言っているのかわからない。

 シュエはか細い声で喋りがちだ。

 だからこそ、また何か聞き逃してしまったのかもしれない。


 しかし、


 ……そういえば、一周目だと、シュエは魔族のための回復魔術師ギルドをつくるのが夢だった、か。



 回復魔術師は多くいるが、魔族のために働く魔術師となると数は限られてしまう。

 そして、魔族の回復魔術師はそもそも数が少ない。


 魔族とは、《神》の信奉者ではなく、異なる神を信奉する者の総称だ。

 信奉する神が異なるということは、扱う魔術体系が異なるということだ。

 たとえば、サンクティア国民が信奉する《神》が与える魔術は、言ってみれば特徴がないことが特徴だ。どんな種類の魔術にも特化していない一方で、特に秀でているところがあるわけではない。


 だが、異なる神は特定の魔術に特化していることが多い。


 精霊魔術、獣化魔術──数え上げればキリがない。そしてこの特化した魔術以外が不得手である傾向が強い。


 一つ例を挙げるとすれば、シェエは精霊魔術に特化した魔族とも言える。

 しかし、精霊魔術は契約している精霊の属性が限定されがちだ。


 故に、シュエは水や氷以外の魔術が苦手だ。 


 といっても、苦手なだけで、使えないわけではないのだが──とにもかくにも、これが魔族に回復魔術師が少ない原因だ。もっとも、別の医療技術は発展していることが多いのだが。


 とはいえ、回復魔術の有用性には勝てないだろう。

 だからこそ、シュエは魔族のために回復魔術師ギルドを作ろうとしていたのだが。



 ──今のも、そういうことだろうか?


 シュエは別の進路希望を書くといっていた。

 だとすれば、その可能性が高い。テオが聞き逃してしまっただけで、先程もそう言っていたのだろう。「」という台詞はまったくわからないが。



 テオは脳内でそう結論づけると、口を開く。


「そうだな、十人ぐらいいるといいだろうな」

「じゅ、十人……!?」

「どうした? 最低でもそれぐらいは必要だろう?」

「さ、最低、でも……!」


 何故だろうか。先程からシュエが過剰に反応しているように思えるのは。


 シュエの目はぐるぐるしていた。

 熱気によってか頬を真っ赤だ。元々雪のように白い肌色のせいか、真っ赤になった肌がより目立つ。

 シュエは上目遣いで覗き込んできながら、おずおずと訊ねてくる。


「そ、そんなに、たくさん、するん、ですか?」

「……? それはするだろう?」

「で、でも、身体が、もたない、気も」

「何を言ってる。やると決めたなら、それぐらいやらなくてどうするつもりだ?」


 ギルドの運営をするならば、任務は数をこなす必要がある。

 雇った魔術師に賃金を払うためなら、任務で身体がもたないなどと言っている場合ではない。

 それが、責務だ。


 シュエにもそんな叱咤が通じたのだろうか。

 覚悟を決めたような面持ちを浮かべると、シュエは頷く。


 瞳から光が消えた、とびっきりの病んだ目とともに。


「わかり、ました! わたし、頑張って、勉強、してきます、ね。たくさん、できる、ように」




「──だから、せんせいも、一緒に、頑張り、ましょう…………ね、パパ?」




「ああ…………は? パパ?」


 いったい何を言っているのだろうか。

 テオは眉をひそめるが、シュエは意気揚々部屋から出ていく。






  その後──生徒への問題発言で、テオが懲戒免職になりかけるが、それはまた別の話である。

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