第14話



 サンクティア騎士団。セレスト支部の施設。

 騎士団には豪華絢爛な施設も多い。

 それは、大概は貴族が団長などの重要な役職についている場合だ。


 だが、セレスト支部はグレゴールが団長にもかかわらず機能性を重要視した簡素な造りだった。敷地面積のほとんどが団長ではなく、一般の騎士のために利用されている。団長室は一番奥のこじんまりとしたスペースにあった。


「悪いね、わざわざ足を運んでもらって。だが、君の生徒が今回の事件に巻き込まれてしまったと聞いてね」

「いえ」


 テオはグレゴールと向かい合って座る。

 団長室からの窓からは、騎士たちが訓練する様子が見えた。


 中には、学生ぐらいの年齢の子供もいる。彼らは重そうな荷物を幾つも重ねて運んでいた。凄まじい膂力だ。


 テオはその光景を眺めながらぽつりと呟く。


「……みんな、魔族ですね」

「おや、気づいたか」

「魔術が使われている気配がない。となれば、最初からそれが可能だということ。だが、あなたは魔族友好派ではないのでは?」

「私はそう宣言したつもりはないのだがね。そう受け取られても仕方がない発言をしたとは思うが」


 騎士の一人が部屋に入ってくると、グレゴールとテオの前にお茶を持ってきた。

 役目が終わると、ぺこりと頭を下げて去っていく騎士。


 グレゴールはそのお茶を一口だけ飲みながら語り始める。


「私の家にももちろん魔族の奴隷はいた。だが、彼らたちは極めて単純な仕事しか任されていなかった。私は子供ながらに、ずっと不思議に思っていたよ」

「不思議に?」

「どうしてそんなに効率が悪いことをするのだと、ね。彼らは優秀だ。どうして彼らが一時間で終わることを、私が一日かけてやらねばならない」

「それが、騎士団で魔族を雇った理由ですか?」

「ああ、その通り。自慢じゃないが、私は典型的な貴族のお坊ちゃまで、ロクに戦うことも、書類仕事をこなすこともできない。ならば、最初からそれが出来るものたちに任せた方が効率がいい。最初に言っただろう、私は働きたくないのさ」


 グレゴールは大仰に肩を竦めてみせる。


「では、今日はそろそろ本題に入ろう。といっても、君の生徒が巻き込まれたから事情聴取……というのは、口実でしかない。ちょっと答え合わせをしたくてね」

「答え合わせ?」

「とぼけなくてもいい。お互い企んでいたことがあっただろう?」


 グレゴールはにやりと笑ってみせる。


「だが、私の企みはいい。もう、ほとんどわかっているだろう? そして結局は上手くいなかったことも。容疑者として《魔族狩り》の当てをつけたものの、最終的な詰めの確証が得られずに、むざむざと被害者を増やしてしまったのだからな」


 グレゴールは自嘲気味に言った。


「そんなことより、君の企みだ。いつから知っていた?」

「何も知りませんよ、僕は」

「そんなわけがないだろう。君の生徒一人が巻き込まれたのはまだいい。だが、《魔族狩り》を最終的に殺したのは君だという話だ。急に襲ってきたから返り討ちにした、と部下からそう報告を受けているのだがね」

「偶然ですよ」

?」

「だから、そう言っています」


 テオとグレゴールの視線が交錯する。

 外では、太陽に雲がかかったのだろうか。陽光から窓から入ってこなくなり、団長室が薄暗く変貌する。


 先に表情を緩めたのは、グレゴールだった。


「そうか、すまない。私の勘違いだったようだ。よくないね、この年になると全てが陰謀のようにも感じられることがあってね」

「いえ」

「だが、私の勘違いにもう少しだけ付き合ってもらっていいだろうか」


 グレゴールは騎士団の窓から曇を眺めながら、静かに言う。


「君は事前にこの《魔族狩り》の件について知っていたのではないだろうか。だから、いつ、どこで、事件が起きるかわかっていて、逃走ルートも概ね予想することができた」

「…………」

「だが、ここで一つの疑問が生まれる。どうして君は事前に手を打たなかったんだ? 生徒が一人巻き込まれている。《魔族狩り》に襲われたのだ。最悪死ぬ可能性も、死ななくても心に大きな傷を負う可能性がある」

「……それを、あなたはどのように考えているんですか?」

「それがわからないんだ。何度考えてもね。君が生徒を顧みない薄情な性格であればまだわかりやすかったのだろう。だが、君は現場には現れている。つまり、気にはしていたということなんだ」

「……優柔不断なだけだったかもしれませんよ?」

「それならば、それでいいのだがね。? その場合は、私は正直君が恐ろしい。何故ならば、今回の件で魔族は何人も死んでいる。私の部下も死ぬところだった」


 ちらりと、グレゴールから窓の外に視線を送る。


 そうすると、そこには燻んだ灰色髪の女従者が訓練に励んでいた。シュエから教えてもらった名前は、確かリラ=アッシュだっただろうか。


 包帯は巻いているものの、リラは怪我からは復帰したようだった。

 あれだけの怪我を負ったにもかかわらず、死ななかったのはさすが魔族というところか。


 グレゴールはテオに向き直ると、鋭い視線とともに言う。


「もし、君がその『目的』に今回の件を利用したのならば──」




「──君は、その『目的』のためには他の無関係の人が死んでも構わないのかね?」




 テオはその問いかけには答えなかった。

 代わりにその視線を真正面から受け止めながら、テオは言う。


「全部、あなたの勘違いでしょう?」

「……ああ、そうだったな」

「話は以上でしょうか? では、そろそろ失礼します。授業がありますので」


 テオは立ち上がると、団長室の扉に手をかける。

 退出する寸前、グレゴールの声が背中にぶつけられる。


「今後、君の『目的』と私たち騎士団がぶつからないことを願うよ。現代魔術の天才とは剣を交えたくはない」

「僕もそう願っています」


 テオは振り向くことなくそう言い放って、団長室から去っていった。




◇ ◇ ◇



 すべてが綱渡りの作戦だった。


 一周目では、全てが露見する前から、テオはデイジーの不審さに気づいてシュエに被害が及ぶ前に片をつけた。シュエが狙われていたと知ったのも、デイジーを騎士団に引き渡してからだ。


 だから、二週目では少し前から、イザベラにデイジーの動向を見張らせていた。


 デイジーがシュエを襲うための魔術を開発していることはわかっていた。だからこそ、シュエを訓練する時間があるのはわかっていた。


 やがて、デイジーがシュエを襲う算段をつけたところで、テオは光屈折魔術でずっと彼女たちの後を追っていた。

 そして、ぎりぎりまでシュエが戦えるようになるまで見守っていた。


 本来ならば、こんな手段は取るべきではなかったのだろう。


 だが、シュエが早急に戦えるようにはなるにはこれしかなかった。

 褒められた手段ではないのはわかっていた。



 でも、


 ──君は、その『目的』のためには他の無関係の人が死んでも構わないのかね?



 たとえ、他の全てを犠牲にしても。

 テオは生徒のためならば、どんな道でも進むと決めたのだから。


 ただ、唯一の想定外のことがあったとすれば──



「あの……せんせい……どう、しましたか?」



 放課後の教室。

 夕暮れの光が差し込むなか、シュエはそう言った。


 シュエの顔や身体には目立った傷はなかった。すべて魔術で回復できる範囲の傷しかなかったからだ。あれほどの戦闘を繰り広げてにもかかわらず、もう普段通りの生活ができるほど早く復帰したのは流石とも言うべきか。


 だが。

 一点だけ普段通りではないことがあった。


「あー、シュエ?」

「はい……なん、でしょうか?」

「……なんで、お前、僕の膝の上に座っているんだ?」


 そう。現在、シュエが座っているのはテオの真横だった。


 教室には二人しかいない。

 椅子は他にいくらでもある。

 だというのに、シュエはテオの膝の上に座っていた。


 シュエの体格は初等部の生徒とそれほど変わらない。それゆえに、心地よい重み程度にしか感じない。

 シュエはこてんと首を傾げながら答える。


「えっと……せんせいの、近くが……一番、安心できる、ので……駄目、ですか?」

「……いや、駄目じゃないが」


 どう扱っていいかわからない。

 しかし、以前の引っ込み思案の性格からは明らかに変わっていた。


 いや、もっと言うならばもっと根本から変わっているような──


 と。

 テオの服の袖を摘んできながら、シュエは笑顔でこちらの顔を覗き込んでくる。


「でも……せんせい、ずっと……そばに、いてくれたん、ですね……」

「傍?」

「わたしが……襲われたとき、です」

「……気づいていたのか?」


 シュエが言っているのは、デイジーに襲われたときのことだろう。


 確かにテオは魔術で姿を消しながら、ずっとシュエのそばにいた。

 万が一、想定外のことが起きたときに、すぐに対応できるように。


 魔族狩り事件が終わってから、シュエからは何も言及されなかった。

 だからこそ、気づいていなかったのかとすら思っていたが。


 シュエはむっとした表情をつくる。


「当たり前、です……わたしは、そこまで、馬鹿じゃ……ありませんよ?」

「……そう、だな」

「でも、せんせいの『声』……嬉しかった、です」


 まるで大切な思い出を振り返るように、声を弾ませるシュエ。


 てっきり非難されると覚悟していただけに、その反応は意外だった。

 白馬の王子様を見るかのような視線を、シュエはテオに向けてくる。


「ずっと、ずっと……わたしのこと、心配して……くれてたん、ですよね?」

「……ああ、そうだが」

「ずっと、ずっと……わたしのこと、考えて……くれてたん、ですよね?」

「……ああ、そうだが」


 何故だろうか──何か危うい気がする。


 テオの本能が脳内で盛大に警鐘を鳴らすが、そのときはもう手遅れただった。

 ぱっ、とシュエは花のような笑顔を咲かせると続ける。


 一線を超えたような、危うい光を瞳に宿しながら。


「ふ、ふふ……そう、ですよね……せんせいは、わたしのこと……ずっと、見守って……くれてたん、ですよね……だから、決めました……」

「決めた? 何を?」

「せんせいの、ために……なんでも、すること、です」



 シュエは純粋無垢な笑顔を浮かべていた。

 純粋に──病んだ笑顔を。



「願いは……戦って、勝ち取らなきゃ……いけないん、ですよね?」



「戦うの……苦手、ですけど……でも、せんせいのため、なら……お願いのため、なら……」




「──ぜんぶ、ぜんぶ、殺しちゃいますね?」




「……………………………………………………」


 シュエの笑顔に。

 テオは視線を逸らして、窓から教室の外を見やった。


 窓の外には、真っ青に晴れ渡った空。

 それは、嫌味なほど綺麗で。


 どうして、イザベラに続き、こんなことになってしまったのだろうか。


 その疑問に答えてくれる者は、当然ながら天才と謳われるテオにもわからなかった。


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シュエ編は終わりです。

ストック溜まり次第、公開していきます。

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