第10話


 サンクティア騎士団。


 王直属の治安維持組織。優秀な騎士や魔術師から構成され、王族直轄領の治安を守るために動く者たち。


 騎士団に入るためには非常に狭き門を潜り抜ける必要がある。

 結果として残るのは、高い戦闘能力を持つ者たちだけだ。


 だが、何事も例外がある。


 たとえば、貴族の子息がコネで入るなどだ。

 そして、目の前の騎士団団長・グレゴールは明らかにその類だった。

 そもそも、ヴァルデン家自体が有名な貴族だ。元々は王家の傍流だったとか。


 雰囲気もどこかゆとりを感じられ、格好はそもそも騎士団の証である剣を身につけていない。



「騎士団っぽくないかね?」


 応接室。

 校長であるアネモネはグレゴールと向き合い、ソファに座っている。


 そしてアネモネの後ろに、テオとデイジーは立っていた。今、他の教師たちはちょうど席を外していたのだ。


 グレゴールの問いかけに、デイジーはぶんぶんと首を横に振る。

 まるで不敬で処罰されることを恐れるかのように。


「い、いえ、そんなことは!」

「なに隠さなくともいいさ。お察しの通り、私はヴァルデン家の七男でね。継げるわけもなく、かといって真面目に働くのも馬鹿らしい。無理を言って騎士団の団長となり、悠々自適な生活を送っているのさ。セレストは明らかに出世コースからは外れているが、治安がいいのが私向きだ。大きな問題が起きなくて楽でいい」


 グレゴールは微笑を浮かべる。


「それに、たとえ何か起きても彼女がいる。彼女は優秀でね。上に立つ者としては本当に楽でいい。騎士団団長とは本当に素晴らしい職だ」


 グレゴールが指差したのは、背後の女従者だった。



 見た目は二十代半ば、燻んだ灰色髪の女性騎士だった。

 自らが洗練された道具であるかのように、機能性に特化したような格好をしていた。


 短髪で軽装。腰に帯剣している剣も小振りだ。

 姿勢は背筋をぴんと伸ばしていたが、適度に脱力しているようにも見受けられる。


 いつでも抜剣できそうな構え。相当なやり手なのだろう。


「だが、残念なことにそう言ってはいられなくなってね」


 グレゴールはわざとらしく嘆息してみせる。


「《魔族狩り》が行われているという話じゃないか。急に今月に入ってから既に五件。貴族お抱えの魔族の奴隷が殺されてしまっている。私としては魔族が何人殺されてもどうでもいいのだが──が上から圧力をかけてきてね。早急に対処しなくてはいけなくなったんだ」

「何を言ってるんですか……?」


 デイジーが驚愕の声を漏らし、信じられないとでも言いたげな視線を向ける。


「魔族が何人殺されてもいいって……なんでそんな酷いことが言えるんですか? 魔族は違う神を信じているというだけで、彼女たちは同じ人間なんですよ!」

「すまない、もしかして君は魔族友好派だったかな?」


 グレゴールはひらひらと軽く手を振ってみせる。


「だが、これは私だけではなく民衆の総意でもあるのだよ。事実、セレストの街の人々は魔族が何人死のうが、さして気にせず暮らしているじゃないか。おそらく、魔族以外の普通の人間が死んでいればこうはならないと思うが」

「それ、は……」

「そもそも『違う神を信じているというだけで同じ人間』という認識がやや異なるな。専門家の前で言うのは勇気がいるが──彼らは違う神を信じている時点で、我々とは異なる魔術体系を用いる。そうだろう?」


 グレゴールが同意を求めるように、テオに視線を向けてくる。


 デイジーも同時に否定して欲しそうに目を向けてくるが、テオはグレゴールの発言を否定することはできなかった。



 魔術理論で言えば、正しいことを言っていたからだ。

 テオは頷き、補足する。


「確かに、魔族は僕たちとは異なる魔術体系を用いる。わかりやすい特徴としては、魔族の魔術はそもそも特化型が多いことだ。身体強化、動物変化、精霊魔術……僕たちが使うより出力が高く、それでいてそれ以外が使えないことも多い」


「流石、先生だ。更に付け加えるならば、魔族の身体自体が、その魔術を行使するために特化している。たとえば、身体強化に特化した魔術を使う魔族が、そもそもの身体能力が高いように」


「……随分とお詳しいんですね」


「仕事柄、魔族とは関わることが多くてね。その弊害だよ」


 デイジーの嫌味のような言葉に、グレゴールはさして気にした様子はなく返す。


「そろそろ本題を伺っても? きっとお忙しいでしょうから」


 そこで口を挟んだのは、アネモネだった。

 アネモネは優しい微笑を浮かべたまま、グレゴールを見やる。


「サンクティア騎士団の団長自らがリリィ・ガーデンにお越しになられたのは、何か理由がおありなるのでは?」

「たいした理由はないのだがね」


 グレゴールはそう前置きして喋り始める。


「《魔族狩り》の一件──リリィ・ガーデンは手出し無用でお願いできないだろうか」


「手出し無用、ですか?」


「説明するまでもないだろうが、有事にはリリィ・ガーデンの教師陣にも協力してもらうことがある。過去にも何度も助けてもらった。平時でも一ヶ月に一回ほど見回りに協力してもらっている」


「そうですね。教師には当番で参加してもらっています。セレストが平和であること、それは生徒の安全にも繋がりますから」


「だが、今回はそれは不要だ。教師陣にもそう伝えておいてくれ。今回の《魔族狩り》は危険だ。何かを探すかのように魔族の死体を漁っている。たとえ魔族でなくても、犠牲が出てしまう可能性もある」


 どこか妙な言い回しだった。

 確かに、リリィ・ガーデンの教師陣は、騎士団の職務である治安維持に協力することがある。


 だが、それだけを伝えるためにわざわざリリィ・ガーデンにやってくるだろうか?


 同様の疑問を抱いたのか、アネモネは訊ねる。



「わかりましたが……そのためだけに団長自ら足を運ばれたのですか?」


「なに、この春から着任された先生たちの顔も見ていなかったのでね。それも兼ねてやってきたのさ。この先、どこかでともに肩を並べることもあるだろう。そのときに、顔見知りであることは大切さ」


「はぁ……」


 グレゴールの言い分は、決して否定できるものではない。



 だが、違和感を覚えてしまう発言でもあった。

 グレゴールは意味深げな視線をテオへと向けてくる。


「特に、《現代魔術の申し子》とまで称された先生がどんな顔をしているのか、知れてよかったよ。またどこかで会おう、テオ=プロテウス先生」




◇  ◇  ◇




「……どうだった? 君から見た感想は?」


 リリィ・ガーデン。校舎の廊下。

 応接室から出た後、グレゴールは隣の灰色髪の従者に話しかけた。


「まだ対峙するという確証があるわけではない。だが、対峙したとき──果たして君は相手になるのかな?」


 グレゴールの問いかけに、女従者は鋭い気配を纏ったまま、ぽつりと呟くように言う。


「あの程度ならば問題ないかと。一対一に追い込めれば確実に殺せます」

「そうか、それは上々だ」



 グレゴールはにやりと嗤いながら言う。



「──では、予定通り計画を進めようか」


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