第8-2話
テオはカリナとイザベラが潜んでいる大木に向かって魔術を撃ち続けてきた。
何やら話しているようだが……さて、いったいどんな手でやってくるのか。
テオが思索をしながら魔術を撃っていると──やがて五秒間の冷却期間に入り、魔術を撃つのをやめる。
その瞬間。
「ッ」
大木から、一人の少女が駆け出してきた。
最初から決めていたように、覚悟を決めたような表情でまっすぐこちらに向かって走ってくる。
「ようやく来たか」
少女──イザベラに対峙するために、テオは構えた。
◇ ◇ ◇
「ッ」
五秒間の冷却期間に入った途端、イザベラは作戦通り地を蹴った。
ばんっ、という風の音すら置き去りにして高速で駆け抜ける。
テオに何度も外周を命じられたがゆえに、最近引き締まってきた身体に魔術で強化を掛け合わせて、いきなり最高速を叩き出す。
──二秒経過。
テオは五秒間の冷却期間が終わったときのために腕を伸ばした。
指先の照準はイザベラにまっすぐと向けられている。
この五秒間で、テオに一撃に入れられるかが勝負の肝となる。
──四秒経過。
残り一秒。
テオから魔力の熾りを感じる。莫大な魔力が指先に収束されていき。
刹那、イザベラも魔力を熾して魔術の発動を準備する。
──五秒経過。
テオから再び石礫の弾丸が放たれるまさにその瞬間、イザベラは魔術を発動した。
「──術式解放:
これこそ、イザベラのとっておきだった。
テオに前回この魔術でボコボコにされて以来、ずっと練習してきたのだ。
イザベラの身体が徐々に虚空に消えていく。
練度はまだまだだが、テオの視界からはまさにそう見えているだろう。
魔術を発動させると同時に、イザベラは横っ飛びに動いた。
一拍遅れて放たれた石礫の弾丸魔術は、イザベラの金髪を一房ほど引き千切ると虚空に飛んでいく。
おそらく、テオも感覚で初弾が命中しなかったことを察したのだろう。
「ッ」
直後、イザベラの前に四つの魔法陣が展開された。
姿が見えないにもかかわらず、寸分違わずに狙いをつけている。
ご丁寧に魔法陣の照準は、イザベラの逃走経路も奪っている。
推測でしかないが、魔力感知の範囲を絞って集中させることで、姿は見えずとも、大方のイザベラの場所を把握しているのだろう。
ここが、イザベラにとって勝負所だった。
一呼吸を入れる間もなく、四つの魔法陣から石の弾丸が放たれた。
防御魔術を事前に準備していても、その衝撃は全身を叩いた。
手加減されていたとしても意識を容赦なく奪っていく。土煙をあげながら地面をごろごろと転がる。
イザベラは朦朧とした意識のなか、脳内でテオに足蹴にされているイメージを浮かべた。ワタシ、ナンカキモチイイキガスル。
「──カリナ!」
だが、賭けには勝った。
何故なら、テオの死角で、カリナは逃げられない射程内まで近づいた上で魔術の発動を終えていたからだ。
「
第四等級魔術。高威力、且つ高速で迫る魔術が放たれる。
遅れて、テオが振り向いて気づくがもう遅い。
再びやってくる五秒間の冷却期間。対応する術はもうない。
──獲った!
ほとんど綱渡りでしかない賭けだった。
たとえば、一つはイザベラが魔術で姿を消したときに全ての狙いを集中したこと。
たとえば、一つは魔力感知の照準をイザベラに全て集中してくれたこと。
カリナの姿が一緒に仕掛けてくる気がないと、そう判断してくれたからこそ、テオに届くことができた。
「正解だ」
裏をかかれても尚、テオは小さく笑っていた。
その賞賛の言葉に、イザベラは口元を綻ばせる。それはまるで手放しで褒められているように感じて──
「ところで」
迫りくる魔術を眺めながら、テオは淡々と言う。
「お前らは、五秒間の冷却期間があると勘違いしているみたいだが──そんなものはないぞ」
………………はい?
直後、三秒程度しか経っていないにもかかわらず、燃え盛る槍に対して石礫の弾丸魔術を叩き込むテオ。何度も魔術を叩き込まれ、やがて燃え盛る槍はテオの届く前に呆気なく消滅してしまう。
「…………」
見れば、カリナも唖然としていた。
これには、イザベラも苦笑するしかない。
五秒間の冷却期間は引っかけだったのだ。攻略の鍵と思わせるために敢えてそう演じていたのだろう。
なら、
「……何が正解なのよ」
「授業用に敢えて設定した弱点だ。その点を突いてきたのは良かったな。次回からはやたらと目につくものは疑え。誘導されている可能性がある」
「…………ソウデスカ」
思わず敬語で喋りつつ、イザベラは地に寝っ転がったまま空を見上げる。
木々の隙間から見える蒼穹は、うざったいぐらい綺麗だ。
「ほんと凄いわね、私たちの先生は」
直後、イザベラとカリナは戦闘不能にさせられた。
地面に倒れたイザベラは、いい笑顔を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「──さて」
イザベラとカリナが戦闘不能になったことを確認すると、テオは振り返った。
残りはシュエだけだ。
だが、この状況こそ授業の真の狙いでもあった。
「シュエ、聞こえているな。残りはもうお前だけだ。逃げることは許さない」
テオは冷徹な視線を、シュエが隠されている場所に向ける。
「今から全力で魔術を放つ。すぐに隠れる場所はなくなる。最後まで耐えられるといいな」
不敵に、あるいは嘲笑うような笑顔を浮かべる。
これから徹底的に踏み躙ると宣告するように。
同時に、テオの周囲に浮かび上がる無数の魔法陣。
第三等級から第八等級まで。ありとあらゆる魔術が展開される。
「──頼むから死んでくれるなよ」
そう言い放った直後、テオは手加減を止めてシュエに向かって全力で魔術を叩き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます