第8-1話
「さて、精霊魔術の利点について答えられる者はいるか?」
リリィ・ガーデンの裏手にある森。
普段は校舎内の教室で授業をしているが、今日は野外での実習だった。
テオを中心として、ぐるりと第七庭園の生徒が囲む。
そんな中、イザベラはわくわくとしていた。
最近は走り込みの頻度も徐々に減り、座学の回数も増えてきた。
そんな折に、テオ直々の魔術指導である。
特にここ一週間は、テオからはぐらかされてばかりで、イザベラは二人きりで教えてもらう機会は一回もなかった。
期待しないわけがない。
テオの質問に、イザベラは手を挙げようとする。
だが、それより早く挙手をしたのはカリナだった。
「精霊魔術の利点は、通常と比べて工程が極端に少ないことです」
カリナは結論をはっきりと最初に口にし、説明を続ける。
「第三世代の魔術であれば《接続》《導入》《解放》の三工程を踏む必要があります。第四世代の魔術からは《導入》工程をほとんど無視できるようになりましたが、精霊魔術はその三工程の全てを簡略化できます。何故なら通常人間が行う処理を、精霊が代替してくれるからです」
魔術を使う場合には通常、
接一工程──神の力と繋がる、接続工程、
第二工程──神の力である術式を自身に宿す、導入工程、
第三工程──術式に魔力を流して魔術を発動する、解放工程、
この三段階を踏まえる必要がある。
だが、精霊は人間の代わりにすべてやってくれる。
それどころか、すべての工程の処理速度が人間よりも圧倒的に速い。
精霊の方が人間よりも魔術が得意だからだ。
つまり、精霊魔術の利点は──端的に言えば、魔力がある限り、魔術を高速で撃ち続けることが可能なのだ。
とはいえ、デメリットがないわけではない。
まず精霊と契約できる者はそもそも希少であること。
次に莫大な魔力がなければいけないこと。精霊と契約し、常に魔力を食わせる続けること自体がそもそも困難なのだ。
これらの点が、精霊魔術の使い手が少ない多い原因なのだが──
「その通りだ」
テオは首肯した後、口を開く。
「とはいえ、精霊魔術師と今後相対しない可能性がないわけではない。だから、今からその訓練を行う」
「……え? どうやって?」
イザベラは思わず声を漏らしてしまう。
精霊魔術師はこの場にはいないはずだ。
いや正確にいえばシュエがいるが、彼女は決してこの手の訓練には向いていないだろう。
その証拠に、シュエはきょろきょろと周囲を窺いながらびくびくしていた。
そんな質問に答えるように、テオが全体を見回して告げる。
「僕が精霊魔術師役をする。一般的な精霊魔術師の速度で、これから魔術を撃つ」
「──だから、僕に一発でも魔術を当ててみろ」
「無茶苦茶……すぎるわよっ!」
尋常じゃない頻度で魔術が撃たれ続けるなか、イザベラは叫んだ。
第八等級魔術:
この魔術は決して殺傷能力が高いわけではない。
無防備に当たれば怪我はするだろうが、防御魔術を使っていれば受けることもできる。
だが、同時に撃たれる数が異常だった。
テオの周囲には数えきれないほど魔法陣が浮かび上がり、視界に映るそのすべてを飛来する魔術が埋め尽くしていた。
大木の陰に隠れて、やり過ごすのがやっとだ。
ちなみに、魔法陣というのは、魔法を魔術へと簡略化する過程で残った言葉である。本来であれば魔術陣が正しいのだろうが。
「こんなの、どうしろって言うのよ……っ!」
イザベラは大木の陰からテオを盗み見る。
第七庭園の生徒で残っているのは、自分を入れてあと三人だ。
他の五人は既に戦闘不能になっている。
残っている生徒は、イザベラ、カリナ、そしてシュエだ。
シュエは最初から自分を守るだけでずっと隠れている。
となれば、頼りになるのは──
「イザベラ」
カリナが石礫の雨を掻い潜って、同じ大木の陰までやってきた。
カリナは反対側からテオを窺いながら言う。
「どうして、先生は戦闘を前提とした授業を続けているのか知っていますか?」
「……え?」
「最初の走破訓練。今回の精霊魔術師を想定した訓練。他の授業も全て戦闘を前提しています。まるで、いつか私たちが戦いに直面することを知っているかのように」
「何を言ってるのよ。私たちがどの進路を歩んだとしても、戦闘を避けられるわけじゃないでしょう」
宮廷魔術師になろうが、教会直属の特務機関に入ろうが、冒険者になろうが、魔術を修めていて戦いにならない職業は少ないだろう。
魔術学の学者ですらそうだと、イザベラは思う。
「それはそうですが……もっと切羽詰まった『何か』があるような……」
「何かって何かよ」
「それは具体的には言えませんけど……」
困ったように眉をひそめるカリナ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう。まずはこの授業を何とかしなきゃ」
「それはそうですね」
イザベラのその言葉には、カリナは首を縦に振った。
「とにかくあの魔術を掻い潜って接近するしかないわ。だから、私に協力しなさい」
「…………え」
それは、以前のイザベラなら決して口にしない言葉だった。
気に食わない女No1であるカリナに、そんな申し出をするぐらいなら舌を噛み切った方がマシだった。
だが、今のイザベラにとって、テオをがっかりさせることの方が遥かに嫌だ。
「ええ、いいですよ」
しばしの間の後、カリナは笑顔を浮かべる。
「イザベラがそう言ってくるのは珍しいですね。私、嬉しいです」
「黙ってなさい」
イザベラはぴしゃりと言ってのけるが、カリナは気にすることなく問いかけてくる。
「それでどうしますか?」
「案があるわ」
イザベラは簡潔に言った。
「先生に魔術を当てるためには二つの障害があるわ。一つはあの擬似精霊魔術は五発放たれた後、五秒間の
「もう一つは、魔力感知の魔術が異常に広いことですか?」
「ええ。この周囲一帯、全てその範囲だと思っていいわね。つまり、基本的に奇襲は無理だってこと。何かで気を逸らせば別かもしれないけど。だから────」
イザベラはカリナに自身が考えた作戦について語る。
カリナはそれを全て聞いた上で、思案するような顔で言う。
「確かに、それが上手くいけば一矢報いることができるかもしれません。でも、イザベラ大丈夫ですか? あなたは一撃を貰う可能性が──」
「大丈夫。先生からお仕置きされているイメージで乗り切るわ。むしろご褒美よ」
「…………」
イザベラがきらきらとした笑顔をつくって、サムズアップして見せる。
カリナは無言のまま、ジト目で見てきた。
だが、やがて諦めたのか、溜息とともに言う。
「……では、それで行きましょうか」
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二話連続更新です。
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