第4-1話
決闘は修練場で行われることになった。
イザベラたちが修練場に足を踏み入れると、頭上には鈍色の雲が広がっているのが見える。
今にも雨が降り出しそうだ。
イザベラは神官を思わせる聖なる純白の衣を身に纏っていた。
この制服には、魔術的防護が半永久的に継続するようになっている。
授業で魔術戦をするには、この姿が一般的だった。
テオはといえば、例によって神官を思わせる黒の魔術服で着ていた。退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、ぶらぶらと軽く身体を動かしている。
「へぇ……私程度には本気になる必要もないってわけかしら?」
「イザベラ、大丈夫ですか?」
隣から声をかけられ、視線を動かす。
すると予想通り、カリナが心配そうな表情で立っていた。
その更には遠くには、他の第七庭園の生徒たち。
校舎からは何事かと他のクラスの生徒たちが顔を覗かせていた。
イザベラは不敵に笑みを浮かべる。
「まあ、正直勝てるとは思ってないわ。相手は現代魔術の天才。もし勝てるなら明日から私は宮廷魔術師にだってなれるわよ」
「そこまでわかっていて何故──」
「それでも、一度も見ていないのに勝手に評価される謂われはないわ」
「──まあ、見てなさい。一矢ぐらい報いてみせるわ」
普段は仲が良いとは言えないカリナ相手にそう言い放ち、イザベラはテオに対峙する。
彼我の距離は、十五歩から二十歩程度だろうか。
魔術戦の修練ではありがちな距離だ。
「それで、ルールは?」
「相手の身体に魔術を当てれば勝ち。それ以外は何でもありでいいわ」
挑戦的に言い放つ。
実際の魔術戦の修練では、使うことができる魔術が限定する。それは間違って相手を殺さないためだ。
しかし、イザベラはテオに自分が使える最大限の魔術を見てもらう必要があった。自身の最大の魔術を見れば、嫌でもイザベラを認めざるを得ないと考えていたからだ。
だから、あえて上限を設定しなかったのだが。
テオは予想に反して条件を付け加えた。
それも、自分に枷をつけるという方向で。
「一応、僕は攻撃魔術は第八等級までしか使えないことにしてくれ。教師という立場上、教え子を傷つけるわけにはいかないからな」
「……言って、くれんじゃない」
魔術は、一般的に第一等級から第九等級までに分けられる。
第八等級の魔術といえば、魔術師の卵が初期に習うようなレベルのものだ。
攻撃魔術はそれしか使わないということは、これからイザベラが放つ魔術を全て受け切ってみせる、という宣告に等しい。
何故なら、第八等級レベルの魔術は、低威力・低速のものがほとんどだからだ。
相手が現代魔術の天才だったとしても、撃ってくる魔術が第八等級レベルまでに限定されるならば、一方的に攻撃できる自信がある。
「イザベラ、お前のタイミングで始めていい。魔力の熾りを感じたら僕も動く」
「はっ……本当に眼中にないってわけ? 果たして、その余裕がいつまでかしら!」
叫んで、イザベラは体内に眠る魔力を熾した。
心臓で火を熾し、指先の隅々まで行き渡らせ、循環するイメージ。
全身が熱を持ち、魔力が稼働していく。
◇ ◇ ◇
──余談ではあるが、魔術は幾つかの工程によって発現する。
魔術とは《選ばれし者》が魔法をより簡易的に変えたもの。
もっと正確に言うならば、神の力に接続してその一端を行使すること、だろうか。
では、神の力とは何か。
現在の魔術理論では、《術式》──魔術を発動するための
発火するのに
それゆえに、魔術はこの三つの工程で語られることが多い。
つまり、
神の力に接続する、第一工程──《接続工程》。
神の力である術式を自身の身体に堕ろす、第二工程──《導入工程》。
術式を処理して魔術を発現する、第三工程──《解放工程》。
と。
そんな魔術の発展の歴史は、工程の短縮に尽きる。
まず第一世代の魔術では舞踊や儀式を通し、
第二世代の魔術は儀式や舞踊に道具を用いることで、第一工程《接続工程》と第二工程《導入工程》を短縮した。
第三世代の魔術には、大きな革新があった。
魔術師自身の脳などの身体に、神の力──術式を留めておくことで、第一工程と第二工程をそもそも排除したのだ。
神の力と接続していないため、威力は第一世代や第二世代に劣る。
だが、魔術の発動には、魔術師自身から術式を抽出するだけであり、凄まじい速度で撃てるため、多くの魔術師の間で隆盛を極めた。
第三工程《解放工程》では、無詠唱という技術まで開発された。
そして、この頃から、魔術師の能力についてこんな風に図式される、という考え方が広がってきた。
──すなわち、魔術師の能力は『魔力量×術式許容量×術式処理能力』であると。
魔力量は、個人が保有する魔力の量。
術式許容量は、個人でどれだけの術式を留めているおけるかの量。
術式処理能力は、個人でどれだけの術式を処理して発動できるかの力。
もちろん、これは極端な見方だ。
これだけで、魔術師の価値が決まるわけではない。
魔術を構築する技量は別だし、魔力量などは道具で補強することもできるからだ。
しかし、この考え方は、魔術師の優秀さを決める線引きとして広がってしまった。
先程挙げた能力は、遺伝的に継承することが多い要素。
つまり、優秀な魔術師が生まれやすい貴族にとっては都合が良かったのだ。
──だが、一人の魔術師がそれをぶち壊した。
新たな魔術理論──第四世代の魔術によって。
その方法は至って単純なもの。
魔力は、宝石や道具などに保存しておくことができる。
ならば、神の力──術式も道具に移せるのではないか、と思索した魔術師がいたのだ。
そして、その魔術師はあろうことか完成させてしまった。
魔術師の名前は、テオ=プロテウス。
《魔術の祖に近き者》とすら呼ばれる、魔術の最先端を行く学者だ。
◇ ◇ ◇
「──《
直後。
イザベラは魔力を熾すとともに、魔術を紡ぎ始めた。
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二話更新です。
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