第3-3話


 殺ス。

 イザベラがテオに抱いたのは純粋な殺意だった。


 脳内で、あのクソ教師に何度ナイフを突き刺してやったことか。


 だが、現実のクソ教師はイザベラたち女子生徒が走っている光景を見ながら、呑気に解答用紙に採点をつけていた。

 魔術を使っているのか、浮遊しているがペンが幾つも同時に動いている。


 さらっとやってはいるが、高難度の魔術だ。


 その事実に気づき、余計に腹を立ててしまう。

 授業のほとんどが外周とはなったものの、決してそれ以外の授業がなくなったわけではなかった。

 

 外周が終わった後、毎日、イザベラたちは歴史や地理なども含めて様々な知識を叩き込まれる。

 当然、その教科を教えているのもテオだ。


 自分より時間がないくせに、飄々と全てやってのけている。

 その姿は、イザベラが心底嫌いな人種そのものだ。



 それだけではない。

 毎日走っているものの、魔術分野で成果が見えないのも怒っている原因の一つだった。


 そもそも、魔術に身体づくりが必要である、など聞いたこともない。


 現に、高名な学者や魔術師はみんなお爺ちゃんやお婆ちゃんばかりで、自分たちよりも走れなさそうだ。



 現れた効果といえば、イザベラの腹囲がほんの少し改善したことぐらいか。


 初めてそれを計測したときには、思わずおっしゃーっと叫びながら、ガッツポーズをしたものである。もっとも、クソ教師へのストレスからバカ食いしてしまい、すぐに戻ってしまったのだが。……カンショク、コワイ。




 そうして、そんな生活が三週間目に突入したある日。



「では、今日も走り込みを──」

「待ちなさい!」


 さすがに我慢できず、イザベラはばんっと机を叩きながら立ち上がった。


「イザベラ」

「あんたは黙ってなさい」


 すかさずカリナの声が出てくるが、イザベラは封殺してみせる。

 教室中のクラスメイトの視線が飛んでくるが、イザベラは意に介することなかった。


「さすがに理解できないわ。もう二週間も魔術について学んでないのよ。あなたが何かの事情で教職に就かざるを得なかったのは同情するわ。あなたは学者であって、教師じゃないもの。でも──あなたの事情に、私たちを巻き込まないでくれるかしら」


 イザベラは、テオが嫌がらせのような走り込みを命じる理由をそう推察していた。



 学者にとって、教職は決して就きたいものではないだろう。

 研究に没頭したいに決まっている。


 これまでどこかの教授だと名乗る人物の講義を受けることも何回あった。

 だが、そのいずれも講義は説明する気がないもので、どこかおざなりだったのだ。

 だからこそ、腹いせに走り込みを命じているのだと考えていたのだが。



 テオはといえば、心底不思議そうにぱちくりとしていた。

 顔を真っ赤にして怒ることを予想していたが故に、イザベラは怪訝な表情をつくってしまう。


「……どうしたのよ?」

「いや。みんな、そういう捉え方をするのかと不思議に思っただけだ」

「はぁ」


 拍子抜けをする教師である。

 テオは真面目な顔つきで教室を見回す。


「誤解があるようなら先に言っておく。僕は決して教師の仕事に対して手を抜いてるわけじゃない」

「じゃあ、なんで私たちをずっと走らされてるのよ!」

「強くなるため、だ」


 テオの答えは簡潔だった。


 しかし、その点についてはイザベラと一緒で。

 それ故に、理解ができなかった。


「なら、魔術を教えなさいよ! それだけで私たちは強くなれるわ!」

「……イザベラ、お前が言っている魔術は何のことを言ってるんだ?」

「等級が高い魔術よ! あなたが創った固有魔術でもいいわ! とにかく、私は強い魔術を覚えたいの!」


 それが、それだけが、兄弟姉妹に──カリナに勝つことができる道なのだから。


 だが。

 テオの答えは変わらなかった。


「無駄だ。強力な魔術を覚えたところで何の意味もない。今のお前らは、まだその次元じゃない」

「はっ──何言ってるのよ、あなたは。私たちが魔術を使ってるところなんて一度も見たことないじゃない!」

、お前らがどの程度魔術を使えるかは」


 この二週間、テオが命じたのは走り込みのみ。

 少なくとも、イザベラはテオの前ではまだ一回も魔術を使っていない。


 だというのに、知っていると断言するテオのことを、イザベラは許すことはできなかった。


 それは、まるで「どうせお前のレベルは低い」とイザベラ自身の努力すらも踏み躙られているようにも感じたからだ。


 まだ、一度たりとも見ていないくせに。



「私と決闘をしなさい」


 気がつけば、イザベラはそう挑戦的に言っていた。

 だけれど、許すことはできなかった。

 イザベラを軽んじた──これまでの自分の努力を否定したクソ教師のことは。



「私が魔術をどの程度使えるか直接見せてあげるわ」



 このとき、イザベラの頭には血が昇っていた。

 だからか、気づくことができなかったのだ。


 テオが片頬を持ち上げて、笑みをつくっていることに。

 それは、まるでこの瞬間を待っていたかのようだった。

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