第3-2話
リリィ・ガーデンは、箱庭のような世界だ。
神官を思わせる聖なる純白な衣で着飾った少女たち。
平民出身もいるのだが、温室育ちの貴族のお嬢様も多い。
だからか、庭園の雰囲気も相まってドールハウスのような印象すら受ける。
その印象に沿ってか、クラスの単位は《庭園》と呼ばれていた。
通常、一学年には六つのクラスが存在する。
しかし、イザベラが所属するのは《第七庭園》。
三年生だけの新設のクラスだった。
人数は、全員で八名。
ただ最初から、この人数であったわけではない。
入学した当初、二十名程度はいたような気がする。
今、残っているのは色んな経緯を持つ生徒たちだ。
一年生の頃から学生生活をともにしている同級生もいるし、何かが不満だったのか何も言わずに去っていった同級生、途中から入ってきた編入生もいる。
だが、入れ替わりが激しいのは生徒だけではなく、教師もだった。
何かしらの厳しい基準があるのだろう。
一年間同じ教師であれば良い方。
中には半年でクビになったのか、急にいなくなる教師もいた。
だからか、イザベラたち生徒にとって新任教師は決して珍しいものではなく、そして今回はいつもより期待していたのだ。
テオ=プロテウス。
サンクティア王国の魔術師であれば、その名はほとんどが知っている。
《魔術の祖に近き者》、《現代魔術の申し子》。
数々の異名で呼ばれつつある、新世代の魔術師。
いくらお金を払ってでも、その授業を受けたいという者はいるだろう。
もしかしたら、カリナや兄弟姉妹すら凌ぐ魔術が使えるようになるかもしれない。
そうして、少しだけガラにもなく心を躍らせていた最初の授業。
その授業は、午後一番の時間から始まった。
時間ぴったりに、テオは第七庭園の教室にやってきた。
まず違和感を覚えたのは、その印象だった。
始業式の最中に見たときはどこか優しそうな雰囲気を纏っていたのを覚えている。
だけれど今は、話しかけることすらおいそれとできなさそうな、絶対零度の冷たさを感じる。
そして身に纏っているのは、神官を思わせる黒の魔術師服。
男性用だからだろうが、それがより全身から放たれる鋭いオーラに拍車をかけている。
「今はもう授業の時間だ。いつまで雑談しているつもりだ? さっさと席につけ」
開口一番、テオは淡々と指摘した。
教室の端っこで話していた二人がびくっと身体を震わせ、一人は自席に着いて、一人が慌てて教室の外に出て行く。一人は別クラスの女子生徒だったらしい。
テオが口にしたのは当たり前のことだ。
だが、その口調の冷たさがぴりっとした空気を生み出した。
……これは期待できるかもしれないわ。
イザベラは内心で喜んだ。
高みを目指すためにこの学舎に入ったのだ。
厳しいのは元より歓迎だ。そうでなければ意味がない。
果たして──この教師はいったいどんな授業をしてくれるのだろうか?
宮廷魔術師が必須と呼ばれる、第三等級レベルの魔術?
もしかしたら、テオが開発した呼ばれる固有魔術?
あるいは新しい魔術理論?
イザベラが──いや、この教室の生徒全員が内心でわくわくするなか、テオは黒板に何かを書き始めた。
長文が書かれるかとも思ったが、テオが書いたのはたった二文字だった。
外周。
「まずは走れ。話はそれからだ。そうだな……距離は一〇◯。超長距離走競技を二回半、庭園の外周を十周ぐらいか。魔術の使用は認めよう」
さらっと、えげつけない距離を口にするテオ。
一拍遅れてその言葉を理解し、イザベラは慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってください! いえ、待ちなさい! あなた何を言ってるのよ!」
「何、とは?」
「な、なんでいきなり走らなきゃいけないのよ! これ、魔術の授業でしょう! だいたいそんなに走ってたら、次の授業に間に合わないわよ! 担当、あなたじゃないじゃない!」
「それは問題ない。次の授業の担当も僕だ。というか、これから君たちの授業は全て僕が受け持つことになった」
「……は? な、何言ってるの?」
「快く譲ってもらえたぞ」
「そ、そういうこと言ってるんじゃないわよ! え、だって免許だってあるわよね?」
教職は免許制だ。
教科ごとに担当する教師が異なっている。
だから、一人の教師が全教科を担当するなんて不可能なはずなのだ。
テオは魔術理論学の教師だと聞いていた。
最初から教職を志していたならともかく、突然請われたという噂だってある。
噂通りならば、免許は魔術理論学しか持っていないはずだ。
しかし直後、テオが口にしたのは驚くべきことだった。
「それも問題ない。免許なら午前中にすべて取ってきた」
「…………は、はい?」
「正確に言えば仮発行らしいが。校長先生が認定委員会所属で本当に助かった。目の前で、今年用の未公開の免許試験を解いてみせたら快く承諾してくれたよ。来週には特別に正式発行されるだろう」
「…………」
「他に何か質問は?」
次元があまりにも違いすぎる。
『天才』であることは知っていた。
ただ、まさかここまでとは。
思わず頬をひくひくと引き攣らせるイザベラ。
だけれど、立ち上がった手前、ここで負けるわけにもいかなかった。
イザベラは勇気を奮い立たせながら言う。
「そ、それでも、なんで走らなきゃいけないのよ! 私たちは魔術を覚えにきているのよ!」
そう。リリィ・ガーデンは女性魔術師教育機関。
魔術師になるために通っているのだ。
間違っても、長距離走選手になりにきたわけではない。
だが、テオは冷徹な口調のまま言ってのける。
「魔術を覚える以前の問題だからだ。今のままで魔術を覚えても何の意味もない。今の時期は身体づくりが第一だ」
そうして、テオはイザベラの身体を見やった。
被害妄想かもしれないが──具体的には、イザベラが気にしているほんのちょっぴりだけ贅肉がついているお腹周辺を。
テオは嘲笑うように片頬を持ち上げる。(少なくともイザベラ視点で)
そして、吐き捨てるように発した言葉はこんな風に聞こえた。(少なくともイザベラ視点で)
「──お前はまずその
殺ス。
イザベラはテオに殺意を抱いた。
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