22. After the dawn

1.

          *



 夜明けを迎え、太陽は海を照らし、陽光は波に乗って、無限に広がっている。


 クルネキシアは内陸国だった。地続きのリエハラシアも同じくだ。

 ここは360度、海に囲まれた小さな島。

 海沿いの道を車で走ると、視界の端に海がいつまでも見える。

 故郷では存在しない風景を見ていると、ふわふわとした気持ちにもなる。

 

 故郷ではない場所にいるのだ、とハンドルを握るアリスは、しみじみ実感する。

 助手席のライオニオは、狙撃銃を大事そうに抱えて、窓の外の景色を見つめている。

 きっと、見慣れない海の景色を、記憶に焼き付けているのだろう。


 朝6時13分、ケリーの店「No.7」の裏手の駐車場に、アリスは車を停めた。

 

 車を降り、狙撃銃をライオニオに持たせたアリスがケリーの店のドアを開けると、

「なんだ、あんたたちか」

 店内の掃除をしていたケリーは、アリスたちの顔を見るなり、無愛想に言った。

 

 島民たちは、各々の自宅へ帰っていったらしく、店内に残っているのはケリーだけだった。

 

「冷たくない? あの子、冷たすぎない?」

 オーナーの隣で、目に余るほど甘えた挙動をしていた姿しか知らないライオニオは、態度の違いに目を丸くしている。

 

「あ、そうだ。9時頃にCIAが事情聴取したいって」

 ケリーはライオニオの目の前に立つと、鼻の先につくかつかないかの距離で人差し指を指す。

 

「CIAが俺を⁈」

 ライオニオは声を裏返す。

 

「その傷、ヴァンサン・ブラックにやられたらしいって話したら、あんたから直接聴きたいって言われて」

 ケリーは、ライオニオの傷は梟のせいだと知りながら、CIAの捜査員に嘘を吹き込んだのだ。ケリーの行動には、ヴァンサン・ブラックに罪という罪をより多く着せたいと願う、強い意思が滲み出ている。

 

「えっ」

 ライオニオは完全に狼狽えていた。つまらなそうな顔をしたケリーは、ライオニオの前から離れ、近くの椅子に座る。

 

 困り果てたライオニオはアリスを見るが、アリスは苦笑いを浮かべ、

「適当に話作ってみたら?」

 とアドバイスにならない言葉を返すだけだった。

 

 アリスはケリーの向かい側の椅子を引き、座る。ライオニオは、狙撃銃をそっと床に置き、アリスの後ろに立つ。

 

「ところで、オーナーは?」

 不機嫌な顔で椅子に座るケリーに、アリスは尋ねた。

 

「さっき、CIAに連れて行かれた。すぐ戻ってこれるとは思うけど」

 ケリーはテーブルに肘を乗せ、頬杖をついてアリスの問いかけに答える。平静を装うが、どこか気が漫ろな様子で、伏目がちだ。

 

「あんたたちは、これからどうするの?」

 ケリーの茶色の瞳が、目の前のアリスを見る。

 

「オーナーが、あんたたちさえ良ければ、うちで雇いたいって言ってた」

 ケリーからの打診に、アリスは目を見開き、驚いた。が、すぐに平静を取り戻す。

 

「その申し出は、ありがたいと思う。でも、私たちは、故郷くにへ帰るつもり」

「そう、残念」

 言葉とは裏腹に、ケリーの声のトーンはさほど残念そうでもない。

 ケリーは不意に立ち上がり、カウンターへ行く。カウンターには、厚みのある封筒がいくつか置いてある。

 そのうちの一つを手に取り、アリスがいる席に戻る。

 

「故郷へ帰るんなら、これ使って」

 ケリーはアリスの手を取ると、カウンターから持ってきた封筒を握らせる。

 封筒の中身は見えないが、どう考えても紙幣だ。

 この金を帰路の交通費に充てろ、という意味で渡されたのだ。

 

「そんな、もらえないわ」

 アリスは封筒の受け取りを拒むが、ケリーは封筒を握らせた手に、ぐっと力を入れる。

 

「あんたたちに渡せ、ってオーナーが言ってたの。ぐだぐだ言わずに持っていきなさい」

 ケリーの強引さは、断る隙を与えなかった。仕方なく、アリスは頷いた。

 それを見て、ケリーは手を離す。

 

「いろいろとありがとう」

 ライオニオがアリスの後ろから、ひょこっと顔を出して、礼を言う。

 

「こちらこそ。ライオンがいなくなったら、子供たちがきっと寂しがるよ」

 ケリーは薄く笑って言う。

 さらっとライオン呼びされたが、この呼び方されるのはこれで最後だと思えば、受け流せる。


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