20. Weigh options
1.
*
オーナーから借りた車を駐車場に停め、対物ライフルを抱えたアリスと手ぶらの
ビルは人払いした後で、車は数えるほどしかなかった。駐車場の他の車も、内部で武装して待機している、ケリーの手下たちの車だろう。
人気のない地下駐車場を振り返り、アリスはエレベータのボタンを押し、到着を待つ間に梟へ尋ねる。
「
「オーナーは、正体はアメリカとメキシコを股にかけた有力ギャングのボスだ」
そう言って、梟は降りてきたエレベータのドアに体を滑り込ませた。内側から開ボタンを押し続け、ライオニオが乗り込んでくるのを待つ。
「だからCIAに情報を流した」
オーナー率いるギャングの活動域が、アメリカにかかっているわけだから、オーナーの調査をさせるのは何の不思議もない。
梟はライオニオが乗り込んだ瞬間、閉ボタンを押す。最上階を目指して動き出したエレベーターは、淡々と階数表示の数字を増やしていく。
「島の土地売買に不正があったと伝えて、まずギャングの方を調べさせる。ついでで、ヴァンサン・ブラックも探らせた」
梟がCIAをこの計画に巻き込んだ理由を、アリスは理解する。
梟は階数表示を見つめたまま、言葉を続ける。
「ヴァンサン・ブラックは、島も新兵器のデータも手に入れられない。ただの馬鹿だ」
梟は不意に笑い声を漏らす。低く、くぐもった声は不気味だった。
「俺は性格が悪くてな。ヴァンサン・ブラックが俺の連れとのんきに飯を食っている間に、最悪の状況にしてやった」
灰色の眼をした男の不気味な笑みと、笑い声が狭いエレベーター内に響き渡る。
アリスからすると意図がわからない発言だ。しかし、梟の敵意はヴァンサンにしか向いていないので、触れなかった。
ライオニオは不安げにアリスを見る。
最上階についたエレベーターの前には、ケリーから連絡を受けただろう手下が、恭しく待ち構えていた。
梟は軽く一瞥するだけで、無言で周囲を確認する。屋上へ繋がる非常階段の案内板を見つけると、迷いない足取りで突き進んでいく。
アリスとライオニオは、出迎えたケリーの手下に軽く挨拶してから、非常階段へ向かった。
このビルの屋上は、エレベーターの機械室や空調の設備室が並び、何もないスペースは少ない。
殺風景な屋上設備を隠すために、大型看板が四方を囲っている。
看板があるからか、柵がない。
屋上に柵がないと気づいたライオニオは、「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。
先に到着していた梟は、機械室と整備室の隙間に立ち、目前の硝子の塔を見上げていた。
ステップを踏むように足を何度も動かし、位置を微調整している。
「何あれ?」
梟の謎の行動を見て、怪訝そうにライオニオはアリスに小声で尋ねる。アリスが答える前に、梟が振り返った。
「この辺りか」
「そうね。私もそこを選ぶ」
梟の言葉はアリスに話しかけていた。アリスは大きく一回頷いて返した。
「ライオン」
「なに」
ライオンと呼ばれるのに、もはや抵抗する気力もなくなっていた。
「お前には荷が重いのは承知だが、ここで
「うん。お前のせいだけどな」
当然なのだが言い返され、唇を真一文字に結んだ梟は眉間に皺を寄せた。
観測手とは何か、と聞こうと口を開きかけたライオニオを遮り、梟はアリスを指差した。アリスの顔が一瞬、当惑で曇る。
「観測手の仕事の説明は、
狙撃手の相棒、観測手。標的の動きを確認し、指示をする役割だ。
経験者ではないライオニオに任すには、重責すぎる。
「それでいいでしょう? アリスティリア・ヤシルド=リングネンツェ大尉」
フルネームで、階級もつけて、呼ばれる。
梟から初めて、軍人としての敬意を払われたと感じた。
虚を突かれたアリスは、無言で瞬きを何回か繰り返す。
「ちゃんと、知ってたんじゃない」
やっと出てきた言葉は、薄い笑みを浮かべるのと同時だった。
「優秀な部下を幾人も殺した、最も優秀な敵軍狙撃手の名は、一生忘れるはずがない」
男の言葉に、アリスは唇を噛む。
自分が抱えていた怒りや悲しみ、憎しみから離れ、自分の戦績への評価に素直に喜びを感じている。
因縁のある、敵国の名のある狙撃手から「最も優秀」と言われた。
その言葉を喜んでしまうのは、死んでいった仲間たちに申し訳ないと思う。
どう受け止めたらいいのだろう、とアリスは胸に沸いた複雑な感情を処理できない。
「なんてな。お前もさんざんやってくれた。俺は忘れていないからな」
アリスの困惑をよそに、梟は言うだけ言うと、屋上から颯爽と去っていく。
その背中は、憎たらしいほど堂々としていた。
「アリス、大丈夫?」
ライオニオは、固まっているアリスの目の前に立ち、話しかけた。アリスは我に返る。
梟が吸い込まれていった非常階段の方を見つめ、アリスは悔しそうに笑った。
「あそこまで開き直られると、何も言えない」
赦されたいなどと、お互い思っていない。
どんなに認め合おうと、赦し合えない同士なのだろう。
戦争さえなければ、認め合えたかもしれないのに。
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