3.

           *


 

 

 店の裏手にあるミニバンはオーナーの所有物なのだそうだ。

 見かけも内装もごく一般的な仕様で、ギャングのボスの所有物にしては。随分とおとなしい趣味の車だった。

 と思うのはライオニオだけで、アリスと梟は一切気に留めていない。二人にとって、車はただの乗り物でしかない。

 

「笑っちゃうわ。オーナーに協力するのはいいとして、お前と手を取り合う必要なんてないのにね」

 運転席に座るのはアリス。エンジンはかけたまま発進せず、助手席でスマートフォンをいじっている梟に話しかける。

 後部座席に座るライオニオの隣には、オーナーから提供された狙撃銃が置いてある。ライオニオは隣にある不穏な無機物を、恐る恐る触っては、すぐに手を離す。まるで子供みたいな仕草をしているのが、ルームミラーから見える。

 

「そういう状況を言い表すことわざ、アジア圏にあるんだよな。なんて言うのか忘れた」

 梟はアリスと目を合わせずに、ぼそりと呟く。手元のスマートフォンで調べたらいいのに、と言いかけた言葉をアリスは飲み込む。

 

「硝子の塔の付近で一番高いビルが、硝子の塔の20階相当」

 梟が硝子の塔20階の高さに「相当」とつけるのは、理由がある。

 硝子の塔はワンフロアの天井までの高さが、一般的な建築物よりも高く設定されている。ゆえに、同じ20階といえども周辺ビルの20階よりも高い。

 

「20階までヴァンサン・ブラックが降りてくればいいけど」

 アリスは鼻で笑う。

 梟が描いているのは、硝子の塔の次に背が高いビルから狙撃するプランだろう。それには、ヴァンサン・ブラックを20階まで移動させなければならない。

 

 そこでアリスは息を呑む。


 梟はスマートフォンを胸ポケットにしまい、

「連れには、ヴァンサン・ブラックをなるべく低層まで引きつけろと伝えた。めどがついたら、合図を送らせる」

 と言った。

 

 まさか梟は、そのために連れの女をヴァンサン・ブラックに差し出したのだろうか。

 最初から、ヴァンサン・ブラックを殺す気しかなかったのか。

「いつの間に話を?」

 アリスは眉間に皺を寄せる。ライオニオは、運転席と助手席の不穏な空気に、心配そうな顔をしている。

 

「あいつと別行動する前」

「先読みが上手ね」

 あいつ、とは梟の連れの女のことだろう。

 別行動をする前に、ここまで手を打ったとでもいうのだろうか。さすがに無理がある。

 

「それは、あの戦争のおかげだ」

 梟の言葉を半信半疑で聞いていたアリスに向かって、梟がそう言い放った瞬間、ピリっとした空気が走った。

 不意に沈黙が降りてきて、アリスは深呼吸してから車を出した。

 ライオニオはシートの隙間からわずかに見える、運転席と助手席の人物の姿を交互に見遣る。

 

 硝子の塔の次に背が高いビルの姿を視界で確認できる距離になるまで、車内には重い沈黙が流れていた。

「合図を受け取ったら、私は躊躇いなく撃つよ。あなたの連れ、怪我で済まない可能性があるけど?」

 先に口を開いたのは、アリスだった。

 

「別に。連れが死んだところで、お前を恨むつもりはない」

 梟は半笑いだった。一切眼は笑っていない。

 

「その言葉、忘れないでね」

 アリスは念押しする。梟は大きく一回、頷いてみせた。

 どこまでも余裕綽々な素振りで、アリスは梟を気味悪いと思ったし、ライオニオは空気の重さに居た堪れなくなっていた。

 

「だが、島の人間は一人も死なすな」

 目的地のビルに到着し、地下駐車場へ入った瞬間、梟は一際低い声音で言った。灰色の眼は、アリスを鋭く見つめている。

「武力衝突は極力避けたい。動くのは、オーナーの息のかかった人間と俺たちだけで済ませる」

 

「了解」

 アリスは車を停める場所を目で探しながら、答える。

 

 ヴァンサン・ブラックの手下の数及び戦力が少ない今だから、梟の言う綺麗事は成立する。

 一日一日と長引けば、島民に犠牲を払わせる日も来る。

 そうならないために、夜明け前を目標に、事態の解決を図ろうとしている。


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