2.

          *

 

 


 

「あぁ、言い忘れていた。ライオン、誰かに聞かれたら、お前の怪我はヴァンサン・ブラックにやられたと言え」

「なんで⁈」

 ライオニオの怪我に、ヴァンサン・ブラックは無関係だ。梟からの突然の指示に、困惑を隠せない。

 それ以前に、ライオンと呼ばれ、何の疑いもなく顔を向けてしまった自分に、ライオニオは苛立っている。

 

「間接的にはヴァンサン・ブラックのせいだろう? 事実無根じゃない」

 間接的に、と言われると、そんな気もしてしまう。ライオニオは半分納得しつつも、やはり釈然としない。

 

「お前の怪我のひどさは、ヴァンサン・ブラックがどれだけ残虐かと見せるには、いいアピールになる」

 ライオニオをここまで痛めつけたのは梟だ。怪我をさせた本人が「ひどい怪我」だと認識しているのに、ヴァンサンに罪を被せたがっている。

 ライオニオの中で釈然としない気持ちが強くなった。

 梟は、島民相手へ、そして夜明けとともに上陸してくるCIAに、ヴァンサン・ブラックの暴挙をアピールしたいらしい。

 その意図はわかるのだが、

「俺に大嘘つけっての?」

 ライオニオは納得できない。

 

「嘘じゃない。にはヴァンサン・ブラックのせいだ」

 梟は「間接的」と言う時だけ、妙にゆっくり、強調する。

 徹底して悪びれないのを見ると、何か言う気力もなくなる。この、つかみどころのない態度で、アリスも丸め込んだのではないか。

 

「……わかったよ」

 渋々、自分の意志に反した内容ながらも、そう答えるしかなかった。


「今後の説明は、オーナーから」

 ライオニオを言い包めた後、梟はオーナーを指差して、話の続きを渡す。

 指名されたオーナーは、じろりと不躾な視線を、カウンターに座るライオニオとアリス、そして梟へ向ける。

 

「私は、ヴァンサン・ブラックから島の権利を奪い返すのを条件に、梟に部下を貸した」

 オーナーの鋭い視線が、梟に向く。

「今、私とケリーの手下たちは、空路と海路を塞ぎ、硝子の塔を囲んだ。そしてこの店の防衛にも当たっている」

 梟が説明していた時に出た、各所に配置した人員はオーナーの指揮下にいる者たちなのだと、ライオニオは理解する。


 オーナーはキッチンから、アリスの目の前まで身を乗り出す。

「アリスだっけ? あんたには硝子の塔に向かってもらって、ヴァンサン・ブラックの足止めをお願いする。最終的に、生死は問わない」

 オーナーの黒い瞳と、アリスの焦茶色の瞳が間近で見つめ合う。

 戸惑った様子で、瞬きをゆっくり繰り返した後、アリスは首を縦に一回振る。

 アリスがしっかり頷いたのを見たオーナーは、満足げに笑う。だが、眼は笑っていない。


「梟、お前には約束通り、権利を取り返してきてもらうからな」

 オーナーはそう言うと、大股で二歩歩き、梟の目の前に立つ。

 キッチンからカウンターを見ると、位置関係的に、カウンターを見下ろす形になる。

 

「約束はしていない。最大限の努力をする、と言った。勘違いするな」

 梟は微妙な言い回しの違いについて、しれっと訂正を入れた。

「クソ男!」

「ケリー、落ち着きな。こいつには、ケリーが何を言っても響かないから」

 飛びかからんとする勢いのケリーを、珍しく少し焦った声で、オーナーは制止する。


「ライオン」

 ライオン呼びに慣れたライオニオは、無言で梟へ顔を向ける。

「お前は、アリなんとかと一緒に行動するか? それとも、ここで爆弾の細工を手伝うか?」

 爆弾の細工など、やったことがない。ライオニオは救いを求める眼でアリスを見る。

「いや、俺はアリスと一緒に」

「別にこなくてもいいけど」

 意地悪でもなんでもなく、ライオニオはここで待っていてもいい、というニュアンスでアリスは言った。ライオニオはしょんぼりと眉を下げた。


「じゃあ、アリス」

 オーナーはアリスをキッチン側へ招き寄せるジェスチャーをする。アリスは訝しげな顔で立ち上がり、梟の席の脇を通り抜け、キッチン側へ回る。

「どれを選ぶ?」

 キッチンの床に所狭しと置かれていたのは、銃器や弾薬の山だった。ケリー曰く、飲料水のストックの後ろに隠していた銃器類を引きずり出したそうだ。

「じゃあ、これを」

 アリスは置かれた銃器の山から、一つ手に取り、また戻すのを繰り返す。最終的にアリスが手に取ったのは、故郷クルネキシアでも使っていた狙撃銃レミントン M700




 午前1時06分、アリスと梟、そしてライオニオはケリーの店「No.7」を出た。



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