19. Say silly things

1.




 

 青年は、硝子の塔の従業員だった。ケリーのお情けで仕事を紹介してもらった縁で、ケリーの情報屋として使われていた。

 

 だが青年にはずっと鬱屈した感情があった。自分の能力の高さを、ケリーやオーナーは認めてくれていないと思っていた。

 

 必要とされる情報は真っ先に渡しているのに、もらえる報酬は彼が考えるよりも少なかった。

 これは難しい話で、本人が己の能力を正確に把握しているのか、で受け止め方が変わるだろう。

 ケリーやオーナーにとっては十分な金額を渡しているつもりだったが、青年は不服だった。

 ちょうどそこへ、新たな島のオーナーだと言う男が現れ、自分の手下にならないか、とスカウトされた。なんと素晴らしいスカウトだろう、と青年は思った。


 新オーナーの登場で、今までの鬱屈がすべて晴れていくようだった。――少なくとも、トイレから出てきた時に、謎の女に絡まれ、支配人に見つかってしまうまでは。

 

 新オーナーへ寝返ったと、旧オーナー派である支配人に知られてしまった青年は、支配人の手によって、手足を拘束された。さらに言うと、口には猿轡、頭には布袋を被せられた。

 

 その後すぐ、地下駐車場の一角に捨て置かれた。なのに突然、車の荷台か何かに載せられた感触がした。

 

 ドライバーの他にもう一人いる気配がする。その人物とは、現地語での会話がなされていた。

 若い世代ゆえに、現地語をよく理解していない青年には聞き取れなかった。

 

 そのまま車は発進し、時計が見えないので正確には言えないが、三十分ほど走っている気がした。

 車が急ブレーキをかけて停まり、車のドアが開け閉めされる音と振動がした。

 数秒後には、布袋を被せられた青年は、誰かの腕にひょいと抱え上げられていた。

 

 なす術もない青年は、乱暴に地面に投げ置かれ、もぞもぞと足や体を動かして、どうにか拘束から脱出を試みた。

 だが、重みのある人間が胸の上に乗っかってきた感覚に、息が止まりそうになった。

 

 重みのある人間は、何も言わずに青年の体に何かを巻いていく。

 作業が終わると、体に圧し掛かる重みから解放されてホッとした。しかし同時に、何か窮屈なものが胴体に一周、巻かれているのも把握できた。

 

 青年は立ち上がらされ、数十歩歩かされた。そこでやっと、頭の布袋が外された。

 久しぶりに見た外の世界は眩しく感じた。

 もう夜も深く、空は暗い色をしている。

 青年の周りを数メートル離れた位置で、煌々と輝くヘッドランプをつけた車が取り囲んでいた。

 無機質な光に青年は曝されていた。

 

 そして耳元で「そこへ寝ろ」と命令される。聞き覚えのない男の声だった。

 寝ろ、と言われたのは、舗装されたアスファルトの上だ。長い真っ直ぐな一本道を横一列を横断する形で、五、六人の人間が寝そべっていた。

 どういう状況なのか、まったくわからず、青年は首を傾げる。

 

「ほら早く、端っこでいいから、横になれ」

 青年の背後に立っている男は、何かで青年の背中を小突いた。苛立って、青年はタンクトップとサングラスの男を振り返る。

 タンクトップとサングラスの男の手にあるのはアサルトライフルで、銃口で背中を小突かれていたのだ。

 青ざめた青年は、言われるままアスファルトの上に寝そべる。寝そべった後に、首に首輪を巻かれ、隣にいる人間がつけている首輪と鎖で繋がれた。

 

 青年は自分の隣を見る。

 隣にいる男は、顔にところどころ怪我があり、恨めしそうにヘッドランプを睨みつけている、スーツ姿の身なりのいい男。

 たしか、ヴァンサン・ブラックと一緒にチェックインをしていなかっただろうか、と青年は思い出す。

 

 隣だけではない。何とか全体像を見ようと、青年は首を最大限まで回した。

 隣の男は、青年と同じく胴体に小型で金属製の箱を取り付けられ、しっかり拘束されている。

 おそらく、並べられている人間はみな、同じ方法で拘束され、小型の機械を巻き付けられたのだろう。

 

 青年は自分の腹の部分にある機械を見る。

 国語辞典ほどのサイズ感と厚みがあり、鉄製の箱になっている。箱からはケーブルが何本か伸びている。

 また、箱の周りにはダイナマイトらしき筒がいくつも並んでいた。


「そいつはスイッチでボーン、ってやつだ」

 青年は何が起きているのか、必死で理解しようとした。

 冷や汗が噴き出しはじめた青年の前に、恰幅のいいタンクトップとサングラスの男が、前屈みになって話しかける。

 

 青年は必死で何か喋ろうとしても、上手く声が出ない。

 タンクトップとサングラスの男は、豪快に笑って、青年の口にあった猿轡を外す。

 

「ばくだんっ、なんでっ」

 冷や汗をかき出した青年の口からは、狼狽えて単語しか出てこない。

 タンクトップとサングラスの男は、立ち上がると後ろを見回した。クスクスと笑い声がさざめく。

 

「ちょ、なんでっ」

 青年は体を捩って逃れようとする。両隣の男は青年を迷惑そうに見つめているだけだった。


「みんなー聞いてくれ! 支配人からの情報だと、この兄ちゃんは硝子の塔で真っ先に寝返ったヤツだって」

 タンクトップとサングラスの男は青年を指差し、ゲラゲラと笑い出す。

 ヘッドライトをつけた車の周りにいる仲間たちも、青年へ嘲る言葉を投げかける。

 

「え? 何? なんでっ?」

 青年は救いを求めて、周囲を見る。一緒に拘束されている、ヴァンサン・ブラックの手下らしき人間たちはみな、虚ろに俯いている。

 そもそも、ここはどこなのだ、と青年は風景に集中して視線を向ける。大きく開けた空、きっちりと整備されたアスファルトの地面、取り囲んでいる車。

 もっと遠くを見ようとして、無意識に首を伸ばしていた。そこでやっと、島民には見慣れた建物である、空港の管制塔が見えた。

 

 空港だ。


「なんで空港、ここ何?」

 青年は状況が飲み込めず、さっきから単語しか出ていない。

 タンクトップとサングラスの男が、ニコニコしながら青年の前に屈みこむ。

「ボーンってなる時は、ここにいるも一緒だから安心しろ」

「やややや、友達じゃないって! 全然知らない人たちだけど?」

 青年は必死に訴える。どうにかして拘束を外そうともがいて動いていると、首輪で繋がっている隣のスーツ姿の男は顔を顰める。

 タンクトップとサングラスの男は立ち上がり、横一列に寝ている青年たちを、冷たい眼で見下ろした。

 

「フランスからいらしたスーツ姿のお洒落さんたちは、ヴァンサン・ブラックの手下だ。お前もヴァンサン・ブラックの手下になったんだからだろう?」

「ちょっ、まっ、説明させて、ねっ?」

 青年は目を白黒させ、自分を見下ろす初老の男へ叫ぶ。

 

「だーいじょぶだよ、オーナーが……あぁ、お前らは旧オーナーって呼んでる方のオーナーだな。ややこしくてたまんねぇや。まぁ、オーナーがOK出さなけりゃ、スイッチ押さねぇよ」

 タンクトップとサングラスの男の手には、スマートフォンがある。男の仕草から見るに、スマートフォンで信号を送れば起爆するらしい。

「押したら、お前ら全員、木っ端みじんのミンチだ」

 初老の男は豪快な笑い声を漏らし、それを聞いた周囲からも笑いが聞こえてくる。


「俺はちょっと、隣の滑走路の様子を見てくるから、お前らはおとなしく、最期の時間を楽しんでおけよ」

 初老の男は踵を返して去っていく。ヘッドライトをつけた車の主たちは、何も言わずに青年とヴァンサン・ブラックの手下たちを見張る。

 

「滑走路って? ここ空港の敷地内?」

 青年は右隣にいる男と眼が合ったタイミングで、小声で話しかける。

 右隣の男は、深い溜め息をついた後、ぼそりと答えた。

「滑走路」

「はい?」

 青年の声は大きかった。車のそばにいる見張りたちが殺気立ったのを感じて、青年は黙る。

 

「ここはL滑走路。さっきのジジイが言っていた隣の滑走路はR滑走路だ」

 見張りが殺気立つ中、隣の男は隙を見て青年の質問に答えた。

 

「滑走路……」

 なぜ滑走路に爆弾を巻き付けた人間が並ばされている理由を、青年は考える。右隣の男はすぐに解答を教えてくれた。

「ヴァンサンが滑走路を使いたかったら、ここにいる人間爆弾を轢き殺して飛ばすしかない」

 飛行機を離陸させるために必要な滑走距離、そこは車輪をつけて進む必要がある。L滑走路、R滑走路とも、人質となったヴァンサン・ブラックの部下が無抵抗な状態で寝そべっている。

 この人間の盾を強行突破しても、機体が通過するタイミングで起爆されたら、かなりの確率で機体に損傷が出る。絶対に空路から出国させるか、という確固たる意志が、そこにある。

 

「イカれてる」

 青年は目に涙を浮かべて、空を仰いだ。

「こんなことになるなら寝返らなかったのに!」

 青年が発した言葉に、聞いた右隣の男は小さく舌打ちする。

「助けてぇぇぇぇぇぇ!」

 見張りを気にかけている余裕はない。青年は叫んだ。もちろん、誰も助けに来ない。



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