2.

          *




 「梟は何をするつもりなの?」

 サンドウィッチを食べては、ぽろぽろ零す男の子の姿を見守りながら、ライオニオはアリスへ尋ねる。

 

「市民を蜂起させる。だが、これはシナリオありきの、

「あ……えと、どういうこと?」

 にわかに信じがたい発言をされたライオニオは、瞬きを何度も繰り返し、戸惑いを見せる。

 梟は凭れていた壁から背中を離し、ケリーに声を掛ける。ケリーが頷いて、新聞紙半分ほどのサイズの紙を梟に渡した。

 

「この島で、ケリーとオーナーが動かせる人間の数が489名いる」

 紙を受け取った梟は、それをライオニオとアリスに手渡す。

 紙は、島全体を描いた地図だった。

 地図にある、空港とヘリポート、そして港には、赤いマーカーで丸く印をつけられていた。

 

「ないと思うが、ヴァンサン・ブラックが万が一、硝子の塔から脱出してきた場合を考え、まず空路・海路を塞ぐ。空港及びヘリポート、港を封鎖する」

 説明を始めた梟に、ライオニオとアリスは視線を向ける。

 

「空港、ヘリポート、港の封鎖に割く人数は合計200人」

 梟の指先は、地図の真ん中を指差す。

 

「ガラス張りの悪趣味な高層ビル、この硝子の塔グラス・タワーの周辺には150人。硝子の塔を取り囲ませる。場合によっては突入、これは状況次第」

 地図に描かれた島中央部、硝子の塔の場所には、×印が付いている。

 悪趣味、と言った直後、手元の地図を眺めていたオーナーが顔を上げ、梟を睨みつけると大きな舌打ちをした。

 

「25人は連絡係兼負傷者が出た場合の補充要員」

 この25人は連絡係として信頼のおける人間を、オーナーとケリーから推薦してもらい選定した、と梟は付け加える。

 

「この店の周囲は約100人配置。残る14人は連絡係と連携させ、流動的に配置」

 地図上で、ケリーの店「No.7」の位置は赤いマーカーで四角が描かれている。

 

「この店は、この混乱から逃げ出した市民を守るための避難所、という建前が必要になる。オーナーが許可した人間以外は銃の携帯を認めない」

「え」

 ライオニオは不満げな表情を隠さない。

「判断はオーナーに任せる」

 オーナーへ向く。オーナーは至極真剣な表情で、しっかりと一回頷いてみせた。


「夜明けと同時に、CIAが到着する予定だ。それまでにヴァンサン・ブラックの身柄を押さえる。それが失敗したら、後は到着後のCIAに頼む」

 ライオニオからすると、なかなか無計画な内容だが、梟が自信たっぷりに言う以上、ヴァンサン・ブラックの身柄を押さえる算段はついていると信じたい。

 

「ヴァンサン・ブラックは20名弱の手下しか連れてきていない。硝子の塔にいるスタッフを抱き込んだところで、人数はたかが知れている」

 ライオニオはそれを聞いて、なるほど、と感心した。

 ヴァンサン・ブラックは、このタイミングで市民が蜂起するなど考えていなかった。本来の目的は、島の主として顔見せと、存在しない大量破壊兵器の開発データとやらの入手。今回連れ歩いている護衛の数は、多くない。

 

「武器商人だからといって、取引でもないのに大きい在庫は持ち歩けない。在庫として持ち歩ける量はたかが知れている」

 本拠地であるフランスから遠く離れたこの島。普段であれば潤沢にある現物の在庫が、今のヴァンサン・ブラックにはない。

 

「逆に、長期戦になると、ヴァンサン・ブラックがたんまりと持っている在庫を輸送できる時間が生まれる。だから、夜明けには終わらせる」

 ゆえに短期決戦しかない。長期戦を見越していないから、配置に人数を割いた。


「でも、市民に犠牲が出たら」

 ライオニオは、さっと立ち上がり、梟の胸倉を掴む。手に力を入れると激痛が走るのを、我慢して掴んでいるので、堪えた痛みが涙になって目に溜まる。

 

「出させない」

 胸倉を掴むライオニオを、梟は強い意志を持った灰色の眼で睨みつける。犠牲が出ないと言い切れる根拠もないはずなのに、なぜか自信たっぷりだ。

 

「もし市民の犠牲者が出たら、お前はどう責任とると言った?」

 オーナーは梟とライオニオの姿を見て、ニヤッと笑った。オーナーが不意に殺気立ったのを、アリスとケリーは見逃さなかった。

 

「好きな方法で殺してくれ、と答えた」

 そう答えた梟は、ライオニオに向けていた視線を、ゆっくりとオーナーに向ける。無言でニヤッとした笑みを浮かべるオーナーは、目元も笑わせる。とても意地悪そうで楽しそうな笑みだった。

 

「なら、私が撃ちたい」

 アリスがぽつりと言う。

「それはいいアイディアだな」

 梟は唇を笑う形に歪ませる。

「もうやだ、この人たち! 頭のネジすっ飛んでる!」

 ライオニオは梟の胸倉を掴んだ手を離し、オーナーとアリスに吐き捨てた。

 

 オーナーはキッチンから身を乗り出し、カウンター席の端に座る梟の前に半身乗り出してくる。

「ちなみに、ギャングうちの処刑方式だと、生きたまま細切れにしていく。まず最初に素っ裸にして、爪を剥がして、足の指、手の指、一本ずつ斧でいでいくんだ。それでも?」

 梟の耳元で、ねっとりとした口調で囁き、黒い瞳で梟の頭の先から体をじっくりと眺め、舌なめずりをする。

 隣にいるケリーが、何故かそれを見て、頬を紅潮させると、熱っぽい眼でオーナーを見る。

 

「大変面白そうだ。お望み通りに」

 わざとらしいまでのオーナーの振る舞いを笑いを噛み殺しながら見ていた梟は、表情筋をほぼ動かさない笑みを見せる。

 

「マジでイカれてる!」

 ライオニオはカウンターにいる全員を険しい顔で見た後、虚空に吠える。


「私がもし、裏切ったら?」

 アリスが尋ねると、その瞬間にケリーやオーナーに緊張した空気が漂う。

 

「こちらに引き入れた俺のミスだ。甘んじて死を受け入れる」

 そう言いながら、梟は隣にいるアリスへ視線だけ向けた。

 

「随分自信があるのね」

 梟の自信満々な受け答えに、アリスは半ば呆れている。

 

「ヴァンサン・ブラックの部下は予想より減る」

 梟がヴァンサン・ブラックの戦力をやたら低く見積もるのには、理由があったらしい。

 

「俺のは優秀だからな。ヴァンサン・ブラックが連れてきた、20人だかの手下はあいつ一人で削れる」

 それを聞いたアリスは、梟の連れの若い女の姿を脳裏に思い浮かべる。

 長い黒髪に、細身で華奢な体。黒い瞳に青白い肌。とてもそこまで動けるとは思えない。

 

「立派に育てたのね」

 それでも自信をもって言うのだから、きちんと訓練でもさせてきたのだろうか、とアリスは思った。

 しかし返ってきたのは、

「育てたのは俺じゃない」

 予想外の言葉で、この自信は一体どこからきているのだろう、と謎は深まる。

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