2.

 振り返ったライオニオは、少し嫌悪を滲ませた表情をしている。

「あんたらが持つ情報って?」

 その表情のまま、壁に凭れる男へ尋ねる。


「ちゃんと話聞いてたのか、驚いた。ヴァンサン・ブラックが欲しがっているのは、リエハラシアの兵器開発部門が設計図を描いた、大量破壊兵器の開発データ」

 梟の口から出てきた言葉は、ライオニオの顔を凍り付かせる。

 

「出てくる単語全部、物騒すぎない?」

 引き攣った顔のケリーが横から口を挟む。一方で、ケリーの隣にいるオーナーは、何も言わず動じる素振りもない。

 

「……『神の杖』は完成していたのね」

 思い当たる節のある様子のアリスは、呟くように言い、梟がいる方向へ体ごと向ける。

 

「だが、それは都市伝説だ。リエハラシアにそんなものはなかった。もっとも、俺は兵器開発の中枢にいたわけじゃないし、本当は開発していたのかもしれないけどな」

 アリスの呟きに対し、梟は一笑に付す。

 眼は一切笑わず、顔の表情筋もほぼ動かさず、口角だけを上げる笑い方は、不気味だった。

 その笑顔を見た瞬間、場にいた人間が、口をつぐむほどには。

 

「え、と、そのやばい情報を、何であんたら持ってんの?」

 ライオニオは気を取り直し、梟に尋ねる。

 なぜかライオニオが、会話でこの場を切り盛りしている形になっていた。

 

「持っていない。なのに、持っていると思い込まれているから、困っている」

 持っていないのに持っていると思われている。

 ヴァンサン・ブラックにそう勘違いさせる、何か根拠があったのだろう。しかし、梟は話す気がなさそうだ。

 ライオニオには、この話の流れがわからない。

 

「アリスはなんでヴァンサン・ブラックに喧嘩売るの?」

 そもそも、ライオニオには、アリスの急な心変わりのきっかけがわからない。

 ここでやっと、アリス本人に尋ねられる機会ができたのだ。

 

「ヴァンサン・ブラックの計画に乗るのが有利だと、梟と面と向かって話すまでは、思っていた」

 アリスの焦茶色の瞳が、ライオニオを見る。ここ最近で一番、穏やかで、むしろ弱々しさすら感じる眼差しに、ライオニオは少し目を見開く。

 

「私は、一対一で勝負をしたかった」

 アリスは少し顔を俯かせた後、ゆっくりと顔を上げる。アリスが見ている方向にはケリーとオーナーがいるが、彼女たちは目に入っていない様子で遠くを見つめている。

 

「ヴァンサン・ブラックが介入することで、私が成すべき美しい復讐を汚されるのはごめんだと思ったの」

 復讐に意味を求めたり、美しさを見出す心情は、ライオニオにはわからない。大事な家族であるアリスが願いのためならば、最優先で手伝おうと思ってきただけだ。

 

「そんなの、最初からアリスはわかってたんじゃないの?」

 ライオニオはそれでも納得がいかない。

 ヴァンサン・ブラックに利用されている、とアリスが気づいていないはずがない。

 自分たちは利用されているとわかっていても、梟をこの島まで追いかけ、勝負したかったのではないのか。

 

「わかっていたし、それでもいいと思っていた」

「え? じゃ、なんで?」

 頑なだった意志を、こうもあっさりひっくり返すアリスの姿は、ライオニオの理解を超えている。

 アリスとライオニオはお互いを見つめ合う。アリスは苦笑いと泣きそうな顔が混ざった表情をしているし、ライオニオは訝しげにアリスを窺っている。

 

「なんでだろうね、ラッキーボーイ」

 ふふっと笑い声を立て、アリスは突き当たりの壁に腕組みをして寄りかかっている梟の方へ顔を向ける。

 

「簡単に言うと、梟は説得が上手かったよ。戦意を喪失させるには十分に感動的だった」

 アリスの言葉に、梟は眉間に皺を寄せた。ケリーは信じられないと言いだしそうな顔で梟を見て、オーナーは鼻で笑った。

 

「何がどうなってこうなるの?」

 ライオニオはほとほと困り果てた顔で、梟に話しかける。

 

「対話。話してカタをつける方が、コストが最小限で解決が早い」

 そう答える梟の視線は、手にしたスマートフォンの画面に落ちている。

 

「あんた今、対話っつった? 俺、あんたにボッコボコにされたけど、これも対話だって?」

 ライオニオは自らを指差す。

 殴打により変色した左眼の瞼は腫れ、視界を遮っている。頬には紫色の痣が無数にある。入口のドアの横に立てかけたままの松葉杖がないと、歩くのにも苦労している。それだけの怪我を負わせてきたのは、他の誰でもない、梟だ。

 

「対話」

 そう言って梟は悪びれない。

 悪びれないだろうと思っていたが、思っていた通り全く悪びれないので、ライオニオは舌打ちする。



 

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