17. Dialogue

1.

           *



 

「ここにいるの全員、ヴァンサン・ブラックに反感を持つ人たちってことでいい?」

 ライオニオは、カウンター席にいる全員へ尋ねる。

 誰も言葉は発しなかったが、それぞれ頷いていた。

 

 ライオニオが座っているのは、壁から二人分離れた席だった。そして、ライオニオの隣にはアリスが座っている。

 カウンターの向こうのキッチンには、茶髪をポニーテールにした、化粧っ気のない二十代半ばの女。

 その女の隣にいるのは、胸元まで伸びたぼさぼさの黒髪を気怠く掻き上げる、褐色の肌の中年女が立っている。

 カウンター席の奥、突き当たりの壁に寄りかかっているのは、サヴァンセと呼ばれていた男だ。


 カウンターの中にいる、ポニーテールで化粧っ気のない二十代半ばの女は、自らを指差す。

「私はケリー。この十年、島を取り仕切ってきた」

 今度はその指先を、今度は左隣に佇む、黒髪に褐色の肌をした、中年の女へ向けた。

「こちらがオーナー」

 オーナーと呼ばれた女は、ライオニオとアリスをじっくり上から下まで、品定めする眼で見てくる。

 

「あなたはアリなんとかで」

 ケリーは、今度はアリスを指差す。 アリスは困惑と苦笑いの混じった顔で、「アリスティリアよ」と言い直したが、ケリーがちゃんと聞いていたかは怪しい。

 アリスの名前が適当に呼ばれるのは、カウンターに座らず、壁に背を凭れて腕を組んで立っている、無愛想な男のせいだ。

 

 アリスの名前が適当にされているとなれば、とライオニオは嫌な予感がして眉間に皺を寄せる。

「キミがライオン!」

 ケリーはライオニオを指差し、想像通りの呼び方で呼んだ。

 

「もうツッコむ気力が失せたよ、俺」

 ライオニオは呆れながら、膝の上にいる男の子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。膝の上にいたのは、恐竜のおもちゃを持った男の子だ。

 

 島の住民は世間話をしながら、爆弾に見える謎の装置の中身を弄って、何やら作業している。解体しているのか組み立てているのか、ライオニオにはわからない。

 その装置を子供たちに触らせないようにか、作業するグループと子供たちが行き来するスペースは、距離を取っていた。

 

 しかし、ケリーの店という狭い範囲で時間を潰すのに子供が飽きてくる。おのずと、カウンター周りにいる、見知らぬ大人たちに絡んできた。

 そういう子供は、ライオニオが相手をしていた。子供の相手をできそうなのが、カウンター席にいるメンバーの中ではライオニオしかいなかったとも言える。


「なんで、ヴァンサン・ブラックはそんなにヘイト買ってるの?」

 ライオニオにとってみれば、芸術品みたいな美しい顔をして、穏やかに笑う印象しかない。

 

「私は、島の土地の権利を奪われた」

 オーナーは溜め息混じりに言い、手にしたグラスの酒を呷る。

 

「それは、ロクに資産管理できていなかった、こいつらに非がある」

 梟はキッチンにいる、ケリーとオーナーに鋭い視線を向け、鼻で笑った。

「あんたさぁ、口が悪すぎ!」

 ケリーはキッチンから今にも飛び出して行きそうな勢いで、梟に喰ってかかる。オーナーがケリーの肩を抱き寄せ、制止したのでケリーはグッと堪える。

 

「えーと、そっちはヴァンサンに何の恨みが?」

 ライオニオは膝の上の子供の相手をしながら、顔を梟に向ける。

 

「わざわざお前らなんかを寄越すほど、俺を邪魔者扱いするから、それ相応の礼をしてやろうと」

 梟の言う、礼をしてやる、が非常に不穏なニュアンスを含むのは、ライオニオにもわかる。

「性格悪いおじさん」

 ライオニオがぼやくと、アリスが小さく吹き出す。梟の眉間に寄った皺がより一層深くなり、ケリーはにやりと笑った。


「ヴァンサン・ブラックが、お前に俺を殺せと依頼したのは、俺の連れと別行動させた方が、双方を確保しやすいと踏んだからだ。連れは生きていた方がいいが、俺は死んでも良かったらしいな」

「俺たち、ヴァンサン・ブラックに便利に使われてただけじゃん」

 梟の話を聞き、ライオニオはやっと、アリスと自分が、この島に招待された理由を理解した。


「やっと気づいたか。馬鹿め」

 梟は眉間に皺を寄せ、ライオニオを冷たく突き放す視線を送る。

 

「すっげぇ口悪い! 何なのコイツ!」

「わかる! めちゃくちゃ嫌なヤツだよね!」

 ライオニオが梟の辛辣な物言いに口を尖らすと、ケリーもそこに混ざってくる。この二人は、梟に対して、同じ温度の怒りを抱いている。

 梟の態度の悪さをあげつらって、ケリーとライオニオは盛り上がっている。

 その横で、ただ話を聞いているだけのオーナーとアリスに向け、梟は話を続ける。

「ヴァンサン・ブラックの第一の狙いはこの島の権利。租税回避地タックス・ヘイヴンの土地の権利なんて、俺でも欲しい」

 俺でも欲しい、という言葉に反応して、オーナーの右の眉がくいっと吊り上がる。

 

「第二の狙いが、ヴァンサン・ブラックに有益な情報を持っていると勘違いされている、俺と俺の連れ」

「だから厄介だと思ったんだ」

 梟が言い切るが早いか、オーナーが口を開くのが早いかの速度で、苦々しい口調でオーナーが言う。

 

「でもぉ……ミシェルのママにはお世話になったんでしょ? 私、それ聞いてるしぃ……」

 ケリーは狼狽えて、オーナーに猫撫で声で話しかける。


 梟の悪口で盛り上がっていたケリーがオーナーに話しかけたので、手が空いたライオニオは膝の上にいた男の子の相手をする。

 ちょうどそのタイミングで、男の子は母親に呼ばれ、膝から降りようとする。

 ライオニオは、カウンターの椅子をぐるっと回転させ、母親がいる方へ向き直してから男の子を下ろした。

 

 母親は、手にしているサンドウィッチを男の子へ渡す。母親の手からサンドウィッチは無事に受け取れたが、その拍子に大事に持っていた恐竜のおもちゃは床へ落ちた。

 その様子を微笑ましく見つめて、ライオニオは振り返った。


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