4.

          *

 

 

 

 アリスは、ジェレミー・ブラックからの呼び出しを無視し、海沿いに向かって歩いていた。

 

 途中、ライオニオは何度も行き先を尋ねたが、答えてもらえなかった。

 いつもと違うアリスの様子に不安を抱きながら、ライオニオは松葉杖で必死について行く。

 松葉杖での移動に手間取っていると、アリスは立ち止まって待っていてくれる。

 アリスはさっきから何も話してくれないが、自分を置いていこうとはしていないのは、ライオニオの心を少しだけ落ち着かせた。


 

 アリスに連れられてきた場所の看板を見て、ライオニオは硬直する。

 

 看板を見上げるアリスは、険しい顔で呟いた。

「結局、来ちゃった」

 アリスがライオニオを連れて訪れたのは、ダイニングバー「No.7」。

 

 ヴァンサン・ブラックから情報を得て、この島へ来た時に言われた注意事項に、「No.7」には近寄るな、というのがあった。二人はそれを忠実に守ってきた。

 

「私が一番、信じられない」

 看板の電気はついていないが、店内の照明は煌々としている。人がいるのは、中で影が動いているのでわかる。

 意を決して、アリスは店のドアノブに手をかけた。

 

「アリス?」

 ライオニオは、納得いかない素振りなのにドアを開けようとしているアリスの腕を、強く引っ張って止めようとした。ドアノブからアリスの手が離れる。

 が、アリスの躊躇いを無視して、ドアは店内側から開いた。

 

 出てきたのは、黒尽くめの服で灰色の眼をした男だった。

 

 ――リエハラシアで、梟と呼ばれていた狙撃手スナイパー

 

 梟の姿を見たライオニオは、思わず小さい悲鳴を上げる。

 

「やっと来たか。手が足りないから手伝え」

 突然現れたはずのアリスやライオニオを見ても、一切驚く様子もなく、梟は店内を指差し、二人に店内へ入れと促してくる。

 

 ドアから垣間見える店内の様子は、床に座り込む人がいるほど、活気に溢れていた。

 みな、喋りながら手を動かしている。

 店内の賑やかさは、ライオニオたちがさっきまでいた、あの屋台の騒がしさにも近い。

 

「ライオン、お前も手を貸せ」

 アリスのすぐ後ろに立つライオニオを見るや、うろ覚えの名前で呼ぶ。

 

「ライオニオね! 名前、いい加減覚えてね! あと、何なのこの状態……」

 店内にいた人々の視線が、アリスとライオニオに向く。向けられた視線には、警戒の色が窺える。

 

「迎撃準備。この女は、邀撃ようげきの方が得意だけどな」

 梟はそばの壁にもたれ、腕を組んで、作業の様子を観察していた。


「本当に嫌な男」

 アリスは顔を顰める。

 

 迎撃と邀撃は、似ているようで違う。

 攻撃を迎え撃つのが「迎撃」。

 戦術的におびき寄せて攻撃するのが「邀撃」だ。

 クィンザクア補給基地の役割は「リエハラシアを邀撃するための基地」だった。

 それになぞらえて、梟は嫌味たらしい言い回しをしている。


 アリスとライオニオが店内へ入ろうとすると、床に座っていた人々がスペースを空けるためにズレる。

 そんな彼らの手元に、爆弾のような装置が見えて、ライオニオは顔を引き攣らせた。

 賑やかな店内の隅にできた狭いスペースに、梟とアリス、そしてライオニオの三人が固まって立っている。

 ライオニオには、とても理解しがたい状況が生まれていた。

 

「いや、だから、何なのこの状況」

 いきなり「No.7」に連れてこられた思えば、標的にしていたはずの梟とアリスが面と向かって話している。

 何が起きているのか、ライオニオにはさっぱり理解できていない。

 

 そんなライオニオの足元の周りには、床に座って絵本やおままごとセットを広げている親子連れのグループがいた。

 小さな子を連れた親は、作業に参加せず、ここで待機しているだけのようだった。

 

 どういう状況なんだよ、とライオニオは独り言ちる。

 

 そんなライオニオを興味津々といった様子で見ている、二歳くらいの男の子がいた。その手には、リアルな造形の恐竜のおもちゃを持っている。

 

 ライオニオに見つかると、すぐそばにいた母親の影に隠れる。が、数分もしないうちに、また堂々と、ライオニオの姿を凝視してくる。

 

 子供特有の柔らかくて細い髪。長い睫毛に縁どられた大きな黒い眼。少し突き出た唇。

 母親が、自分の隠れながらもあからさまに覗き込もうとする男の子を窘める。しかし、男の子は全く聞いていない。

 母親が、気まずそうにライオニオに向かって笑った。

 ライオニオは男の子に手を振ってみる。

 男の子は真顔になると、恥ずかしがって、母親の影に隠れた。

 

 

 頭に砲弾を受けて入院していた頃、同室だった子供は、この子と同じく人見知りで、全然話してくれなかった。

 ライオニオが退院する時も、言葉を交わせなかった。

 怪我で入院しているようではなかったから、病気で入院していただろうか。その後、元気に退院できたかどうか、ライオニオに知る術はない。

 同じ年代だったからだろうか、今目の前にいる子と、同室だった子を重ねていた。


 

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