3.
*
ヴァンサンとジェレミーは、まだ60階の展望フロアにいる。
「エレベーター、止める?」
落ち着かないのか、ヴァンサンは爪を噛む。
このタワーのフロア移動手段であるエレベーターを使用できなくしよう、と考えたようだ。
「いや、エレベーターは使わないな」
ジェレミーはガラスの向こうの夜景を見つめたまま、ヴァンサンの問いに答える。
「ドアが開いた瞬間に蜂の巣にされるかも、なんて嫌じゃん」
「僕たち、そんな鬼畜なことしないのに」
ヴァンサンは爪を噛むのをやめ、苦笑いする。
「『神の杖』のデータが手に入るまでは、な」
二人の目的は、『神の杖』と呼ばれる兵器の開発データ。そのために、渕之辺 みちるを
「あーぁ。お前が距離感間違えなければ、こちらの話聞いてくれそうだったのに」
ジェレミーは、軽く溜め息混じりに言う。
渕之辺 みちるは、ヴァンサンとジェレミーに対し、最初から警戒心は剥き出しだった。しかし、話が通じない人間ではなかった。
「あの感じなら、僕よりジェレミーの方が相性良さそうだよね」
ヴァンサンは、からかうように笑うが、ジェレミーは途端に険しい顔になる。
「無理無理。俺は、あのタイプ苦手」
人を見透かしたような態度、品定めする黒い瞳。嘘くさい笑顔、肌身離さず持つ
あの女はいつだって、目の前の相手を信用しようなんて、微塵も思っていない。
「データなんだけど、ミシェルが隠し持ってる可能性と、梟が持ってる可能性、どっちの方が高そう?」
ヴァンサンはエメラルドブルーの瞳を伏し目がちにし、舌打ちをする。
ヴァンサンが探している、『神の杖』のデータは、渕之辺 みちるの荷物の中にはなかったらしい。
もしかすると、荷物の中にあったかもしれないが、奪い返されたのかもしれない。
渕之辺 みちるの部屋の捜索を任せていた仲間は、首を絞められて一時的に意識を失っていた。
「二人で半分こ、に一票」
ジェレミーは、近くにいた手下に目配せをする。即座に手下は、エレベーターのボタンを押す。
「えー?」
ヴァンサンはエレベーターの扉前に移動する。
「俺なら、片方だけだと不完全なデータにする。そうすれば、お互い、生き延びられる可能性を上げられるじゃない?」
「そんな手間かかることする? ジェレミーって、えっぐいこと考えるねぇ」
ジェレミーの説明に、ヴァンサンは苦笑いを浮かべた。その最中に、エレベーターが到着する、電子音の合図がする。
開いたドアからヴァンサンたち一行はエレベーターに乗り、90階を押す。
「友達だか護衛だか知らないけど、ミシェルには随分と信用されてるよね」
エレベーターの天井を見つめているヴァンサンは、鼻で笑った。
ヴァンサンが言っているのは、渕之辺 みちるが「友達」と呼んでいる、旧リエハラシア軍所属の男のことだ。
「リエハラシア軍の記録に残ってないらしいな」
男については、正式な記録が残っておらず、詳細が曖昧なままだ。
ジェレミーは相槌を打ち、エレベーターの階数表示に深緑色の視線を遣る。
「あいつ、何者だと思うー?」
ヴァンサンは試すような顔で、階数表示を見つめるジェレミーを見る。
視線に気づいたジェレミーと目が合うと、ヴァンサンはニコッと笑いかけた。それだけで、エレベーター内の空気が華やいだ。
「……なんだっていいよ。邪魔なら始末するだけ」
ふわっと明るくなった空気を、緊張感のある空気に戻すための時間を取ってから、ジェレミーは答えた。
「クルネキシアの狙撃手はどんな感じなんだろ?」
90階に着いたエレベーターのドアが開くのと同時に、ヴァンサンが尋ねる。
支配人の姿すらないフロアは、静まり返り、時間が止まっているようだ。
埃が舞う音が聞こえてくるような、ありえない錯覚を起こすほどに。
手下たちはすぐにフロア中に散らばり、人の気配を探すが、誰もいないようだった。
ぐるりとフロアを見回した後、ジェレミーはロビーのソファにどかっと座った。
スマートフォンを手に、部下からの連絡を確認する。
「クルネキシアから来たヤツらは、部屋から移動したらしいな。飯を食べにでも行ったみたいだ」
ヴァンサンからの質問にジェレミーが答えると、
「何食べに行ったんだろ? 屋台グルメとかいいなぁ」
ヴァンサンは緊迫感のまるでない顔で、ガラス張りのフロアから眼下に広がる街を見下ろした。
「俺は屋台料理、嫌いだよ」
スマートフォンの画面に渋い顔を見せながら、ジェレミーは呟いた。
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