14. What I have that you don't

1.


         ***


 

 俺にあって、お前にないものは、なんだろう。


 

 温かい飯。何でもないことで笑い合う両親。大好きなゲーム。美味しい菓子。綺麗な服。柔らかいベッド。

 

 今挙げたものは、俺がお前の家に引き取られてから手に入れたものだ。

 ロクでもない俺の両親がいなくなって、お前の両親は、俺を憐れんだ――のだったら良かった。

 

 お前の母親は、病気の関係で、子供を産める可能性が低いと言われていた。

 だから、お前に兄弟を用意するために、俺は引き取られた。

 

 

 俺は、お前をより美しく輝かせるための影。


 

 整った顔。見栄えのいい体躯。美しい笑顔。屈託のない性格。

 お前は完璧な容姿を持ちながら、注意力が散漫で、勉強は得意じゃない。そういう、完璧すぎない人間臭さがあった。おかげで、人から極端に嫌われない。

 お前は口が達者だったし、綺麗な顔と穏やかな声で話せば、大抵なんとかなってしまうから不思議だ。


 俺は勉強が好きだった。特に好きだったのは、法律。経済。歴史。国語。外国語。

 ロクでもない両親のもとでは触れられなかっただろう、知識や教養。お前の両親に引き取られた俺は、それらを身に着ける機会に恵まれた。

 一族の中で最も成功した実業家だったお前の両親は、本当に最高の親だった。


 お前がタチの悪い女と付き合いだして、クスリを覚えた時は心配したものだ。

 そして案の定、ケツの毛まで毟られて、ボロボロになって捨てられた。お前の両親は落胆して、家から追い出した。


 だが、俺はお前の代わりとして、扱われていない。

 お前の両親が将来遺すだろう遺産の相続権は、まだお前にある。


 

 お前がいなければ、あの家に、俺の居場所はない。

 光がないなら、影は生まれない。


 

 お前の両親は、そんなつもりはなかっただろうが、俺には現実を突き付けられたようなものだ。

 

 だから俺は、お前のそばにいることを決めた。俺は、それ以外の生き方を知らない。

 

 お前を立ち直らせてから、お前を捨てた女と、その女を使っていた小さなギャングを、俺たちで丸ごと乗っ取った。

 

 そのギャングは小さな組織だったから、簡単に潰せると踏んだ。

 だが、ギャングとして組織的な集金システムが出来上がっているのだから、それを丸ごと頂くべきだ、と俺はお前に主張した。乗っ取りにこだわったのは、より早く現金を効率的に回収できるからだ。

 

 ギャングがやっていた売春の元締め業から、麻薬の販売や武器売買まで、全部俺たちが引き継いだ。

 その瞬間から、俺は確信した。

 

 

 お前の顔と俺の知識があれば、もっと成功できる。


 

 純粋に俺を慕うお前の、曇りのないエメラルドブルーの瞳を見ていると、微かに胸が痛む。

 俺はお前を、大事な兄弟だと思っている。俺の居場所は、お前の隣。

 お前は俺の光、俺はお前の影。








 スマートフォンを耳に当て、部下からの連絡を聞きながら、ジェレミーは展望フロアのガラスの向こうにある景色を見つめている。

 夜の闇と同化した海、波が白んで陸に向かって進んでいく。海沿いのロードサイドの店や建物の灯り。風になびく木々。空には点々と星が輝き、上弦の月が浮かんでいる。

 ジェレミーはダークグリーンの瞳をギュッと力を入れて細め、ガラスに映った自分の背後の人物を睨む。

 

「ねぇ、ジェレミー! ミシェルがいない!」

 パタパタと足音を立てて背後から駆け寄ってきたのは、ジェレミーの従兄だった。

 

「逃げ出そうと思ったのかな。無理なのに」

 苦笑いを作ってからジェレミーは振り向いた。この事態はおおよそ予想通りだと思った。


 日本語で何やら怒気を孕んだ声で言った後、ミシェルことフチノベ ミチルは「トイレに行く」と宣言してその場から離れた。

 誰かを監視につけようと思ったが、周りにいるのは男の部下だけだった。

 せめてトイレの出入り口で監視しておくように、と命じたが、おそらくトイレ内から展望フロア外に繋がるルートを見つけたのだろう。

 フチノベ ミチルがトイレに消えてから十五分ほど経っても戻ってこないので、痺れを切らしたヴァンサンが様子を見に行って、今この状態である。

 

 その可能性もあるだろうと思っていたので、ジェレミーは驚かないが、ヴァンサンは狼狽えていた。

 

「もう一つ報告」

 ジェレミーはヴァンサンをさらに困惑させる報告をしないといけなかった。

 ヴァンサンはジェレミーの顔色を見て、いい報告ではないのを察して、眉間に皺を寄せた。

 

「ラファエルが、ミシェルの部屋でぶっ倒れてたらしい」

 ラファエル、とはジェレミーとヴァンサンがギャングのリーダーだった頃からの古参メンバーの一人の名前だ。

 ジェレミーはラファエルに、フチノベ ミチルの客室の捜索を指示していた。

 

「死んだの⁈」

 ヴァンサンは悲鳴に似た声を上げるが、ジェレミーはヴァンサンの両肩に手を置き、落ち着かせようとする。

「ううん。失神してただけだって」

 ジェレミーの言葉に、ヴァンサンはほっとした顔を見せる。だが、すぐに顔を曇らせた。

「もうホントいやだぁ……怖いよぉ」

 ヴァンサンが気弱になっていると、周りの部下が労るように集まってくる。ヴァンサンが微笑むと、殺伐さとは無縁の空気が流れ出し、しばらくすると笑い声が漏れてくる。

 その様子を一歩引きながら見ているジェレミーは、ヴァンサンに笑いかけられ、ぎこちなく微笑んだ。

 

 

 

 お前にあって、俺にないものは、なんだろう。

 



 

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