12. Messege to You

1.

 

          *




 

 この男は貧困層生まれだった。

 食事は一日一回あれば良かったし、学校など真面目に通わなかった。自分の力で這い上がろうにも、そのための知識も金も不足していた。

 ゆえに、この男が犯罪に手を染めるのも、風に飛ばされた一枚の葉が川の流れに乗ってしまうように、必然だった。


 犯罪者となって追われる男を匿ってくれたのは、何かの教科書で見た宗教画みたいに綺麗な顔の少年だった。

 笑うと場が華やぎ、少しの嫌味もない性格で接してくれた、ヴァンサン。


 そのヴァンサンの隣にいたのは、真面目で賢く、いざとなったら頼れる兄貴分の、ジェレミー。

 ジェレミーの賢さは、まるでヴァンサンのために用意されたようなものだった。


 ヴァンサンとジェレミーは、お互いの足りないところを二人で補完している。その関係性が完成されていて、素直に素晴らしいと思った。

 

 パリの片隅でギャングを立ち上げてから、武器売買の顔役に成り上がるまで、たった一年。

 立ち上げたギャングはその過程で解散してしまったが、ヴァンサンとジェレミーは順調に階段を上っていた。そう、成功者への階段を。

 

 ヨーロッパ中のギャングやマフィアと手を組むことによって、武器商人の中でも名の知れた部類の層とも、付き合うようになった。

 だが、武器商人の世界には、一人の超大物がいた。

 圧倒的なシェアを誇り、その人物に頼めば、揃わない武器はないと言われるほどの実力を持っていた。他よりも群を抜いて優秀な武器商人。

 それが、イヴァン=アキーモヴィチ・スダーノフスキー。

 

 そのイヴァンは二年前に死んだ。

 イヴァンが独占していた市場は、突然空白になり、大物武器商人たちはこぞって奪い合いをするようになった。その奪い合いという混乱に、ヴァンサンとジェレミーはうまく乗っかった。

 今はただ、大物武器商人たちに取り入り、操り人形のフリをしているタイミングだった。

 時機を見て、大物たちが我が物顔で手にした市場を、本来はヴァンサンとジェレミーのものである、と思い知らせてやる。

 

 

 今はそのためのを、揃えている時間。


 

 だから男は、ヴァンサンとジェレミーが、この「硝子の塔グラス・タワー」へ連れてきた女の所持品や部屋を、必死に家探やさがししている。

 

 男は、ヴァンサンとジェレミーと帯同する役割だった。二人がこの島に降り立った時も、護衛ボディーガードとしてそばにいた。

 男は、ヴァンサンとジェレミーが立ち上げたギャングの、初期からのメンバーだった。

 護衛として、用心深い性格が役に立った。そして、金銭勘定に細かく、計算が素晴らしく速かったので、経理も任されている。

 それだけ信頼されているから、女の荷物や部屋の捜索を頼まれたのだろう、と思えば、この地道な作業も苦にならない。


 男はリビング部分の調査を終え、ベッドルームへ踏み入れる。電灯のスイッチを入れ、部屋の様子を確認する。

 まだ使用されてもいないベッドルームは、何一つ乱れがなかった。見た限り、一度も足を踏み入れていないようだった。

 ここを捜索する意味があるのか、少し疑問には思った。

 しかし、ここで取りこぼしがあったら、さっきリビングを目を皿のようにして探し回った努力が、無になってしまう。


 男は屈みこみ、ベッドの下を覗き込む。何かあるように見えないのを確認してから身を起こし、ふう、と溜め息をついた。

 その瞬間、男は振り返る。


 

 だが、もう遅かった。


 

 既に後ろを取られ、首に回された腕で頸動脈を圧迫されていた。

 さして腕力もなさそうな、細めの腕が目に入る。

 

 黒く流れる長い髪が、男の頭の上に時折かかってくる。体全体でもがき、腕を外そうと全力を込めるのに、首を押さえる腕の力は一向に緩まない。

 一秒一秒と時間が経過していくごとに、顔に血が上ってくるのが、感覚でわかる。


 自分を苦しめる腕は黒く長い髪を持つ、と気づいた瞬間、男の意識は遠ざかる。

 ふ、と男から全身の力が抜けた。


 

 

 

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