2.

          *


 

 

 硝子の塔グラス・タワーは高級路線のホテルだが、今、ライオニオとアリスが宿泊しているのは、一般的な観光地のホテルだった。

 部屋にこだわりはなかったので、海が見えない安い部屋を二つ、あてがわれている。

 

 顔じゅうに絆創膏やガーゼを当てられたライオニオは、ベッドのヘッドボードに背をくっつけて、だらしなく座り、ボーッとテレビを見ていた。腕や足を動かすたび、呻き声を漏らすので、少しうるさい。

 ライオニオは腕や指が痛めつけられているので、スマートフォンの操作にも苦労して、テレビを見るくらいしかできない。

 

 そんなライオニオを苦笑いして見守っているアリスは、どこか面白がっている。

「ライオニオ、あんたはここでじっとしていなさいね」

 怪我だらけのライオニオは、まだ医者には診せていないが、右腕の骨と左足の骨を折られているようだと、アリスの軍人だった頃の経験で察せた。


 アリスはライオニオの部屋のソファに腰掛け、インスタントのコーヒーを二つ、作っている。一つは自分の、一つはライオニオのものだ。

 

 できたコーヒーをライオニオへ渡しに行くと、ライオニオは黙って受け取った。

 おそらく、ムッとした表情をしたのだろうが、左眼の瞼が腫れ上がっていたりガーゼに覆われている面積が多すぎて、ライオニオの細かい表情が読み取れない。

 アリスは首を傾げて困っていた。


「たぶん、あの男、俺たちを相手にしてないよ」

 苦々しい声音で、テレビから視線を移動させたライオニオは、切り出す。

 

「でしょうね。ライオニオへの態度で、そんな気がした」

 アリスはそう言って、コーヒーを一口飲む。浮かべた苦笑いに、悔しさが混じっている。


「家族を大事に、ね。ライオニオをこんな目に遭わせてしまったのは、保護者失格よ」

「アリス」

 アリスは持っているカップの水面に映る自分の姿を見る。

 

 赤くてカールの強い髪の、焦茶色の眼をした中年女が、虚ろな顔で浮かんでいるのがおかしくてしょうがない。つい、自嘲する。

「待っても願っても、私が望むものは手に入らない。戻ってきてくれない。諦めて歩き出せ、って私だって思う」

 クィンザクアの仲間たち、上官。アリスの記憶の中で、もっとも輝いていた時間だった。

 たまには夢に出てくれたらいいのに、彼らは一度も夢に出てきてくれなかった。

 アリスの記憶の中だけで、彼らは今も笑っている。

 

「でもね、純粋な興味があるんだ」

 アリスの中には、二度と戻らない風景への憧れとは別ベクトルの感情もある。

「あの男と私、どちらが狙撃手スナイパーとして本当の才能を持っているのか」

 アリスの言葉に、ライオニオのヘーゼル色の眼が、険しくなる。

「運、眼、思考、計算……そういうのを比べて、どちらが本当の狙撃手としての才を持つのか、私は知りたいって思ってしまう」

 だからはるばる、この島にきたのだ。

「故郷を潰そうとした男と、また戦えると思うと、心が躍るんだ」

「そっか」

 意外にも、ライオニオは静かに頷くだけだった。

 

「怒ると思ったのに」

 拍子抜けして、アリスは小さく笑った。アリスが手にしているカップの水面が、笑う振動でわずかに揺れる。

 

「怒られると思ってるのに、考え方変えないんだろ。それもう、変わらないじゃん」

「たしかに、そうね」

 アリスと、もう十年の付き合いになるこの少年は、他の誰よりもアリスのことを理解していた。それだけでも、ここまで連れてきて良かった、とアリスは思う。

 

 たった一人では、ここまで生きようと、もがけなかった。

 ライオニオは、アリスにとって間違いなく「家族」だった。

 

 それを見越した言動をする、あの男が憎たらしい。


 

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