2.

 

          *

 


 

 安宿の部屋の中を、誰かが入ってくる気配がする。

 ライオニオは、目を閉じて祈る。

 どうか、自分の命の火を消す相手ではありませんように、と。

 

「ライオニオ!!」

 現れたのは、アリスティリアの姿だった。シャワールームにいたライオニオの姿を確認すると、すぐに怪我の確認を始める。持っていたナイフで、猿轡や拘束しているロープを切った。

 

 アリスはシャワーの水を出し、猿轡に使われたタオルを水に浸すと、ライオニオの顔を拭う。ライオニオは、子供を看病するみたいな、アリスの行動に戸惑った。しかし、体が自由に動かない状態では、ただ受け入れるしかない。

 

「何が起きたの?」

 アリスが腕の負傷具合を確認していると、ライオニオの呻き声が漏れる。

 

「アリスのお使いしてたら、背後から襲われて、このザマだよ。頼まれたものも奪われてさ」

 ライオニオは、「昼間にこの部屋を狙撃した、梟と連れは別行動をしはじめた」とヴァンサン・ブラックへ報告しに行った。

 

 ヴァンサン・ブラックはご機嫌で、お使いに来た子供へお駄賃をあげる店主のようなノリで、いくらかの弾薬を渡してくれた。

 その帰り道に、梟に襲撃されたのだ。ヴァンサンからのお土産の弾薬も、まるっと持っていかれた。

 

「これをやったのは、梟で間違いない?」

 殴られ、蹴られたライオニオの顔は、だんだんと腫れ始めていた。

 心配そうにライオニオを覗き込むアリスは、濡れタオルを頬に当て、少しでも冷やそうとする。

 

「すっげぇ目つきの悪い、顔の怖いおっさん。黒髪に灰色の眼」

 それは、今日の昼間、アリスが目を凝らして見た窓辺での姿と相違ない。

 

「それは梟で間違いない。あの男、何か言ってた?」

 ライオニオを殺さなかったのは、何か言わせようとしたからだ、とアリスは解釈していた。

 頬に濡れタオルを当てるアリスの手から、タオルを取ろうとしたライオニオだったが、指を折られたらしく、うまく曲げられない。

 アリスは首を横に振り、ライオニオにじっとしているように促す。

 

 アリスの問いに、ライオニオは深く長い溜め息をついた後、小さく息を吸い込んだ。

「家族は大事にしろ」

「は?」

 アリスは目を丸くして、聞き返す。

 

「家族は大事にしろ、って」

 ライオニオはもはや投げやりに復唱する。

 それを聞いたアリスは、首を傾げ、眉間に皺を寄せる。

 

「何言ってんの、あの男」

「俺にも全然わかんない」

 困惑側のアリスにつられて、ライオニオも苦笑いにも似た、呆れた笑みを口元に浮かべた。

 

「ラッキーボーイが無事ならいいよ」

 そう言って、アリスはライオニオに笑ってみせた。笑うアリスの口元には、八重歯が覗く。

 

 退院の日、木洩れ陽の下で見た笑顔みたいに、優しくて強い笑顔。

 会いたいと願った、この部屋の天井と同じ色の深みのある茶色の瞳。

 

 その笑顔を見て、ライオニオはホッとした。だが、

「これを無事って言うのは、無理あんじゃない?」

 無事と言うには、少々怪我が重いようではある。



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