8. Paradis fiscal

1.




 租税回避地タックス・ヘイヴンとは、地域外の企業などに対し、戦略的な意味で税制上の優遇措置をとる地域のことである。

 この仕組みは、時に、犯罪組織の資金洗浄マネー・ロンダリングに使われもする。


 あの島も、租税回避地と呼ばれる場所の一つだ。

 

 目ぼしい観光資源がなく、捨て売りされていた島の土地を全て買い、租税回避地として機能するようにシステムを整えたのが、「オーナー」と呼ばれる人物だった。

 

 オーナーは、その時既に、メキシコとの国境付近のエリアで一大勢力を持つ「バーサーク」というギャングを築いていた。

 

 当初は己が建てた組織の資金洗浄目的に、作り上げた島であり、租税回避地だった。この島の存在を、他の組織や企業、富裕層らへ紹介したところ、多大な見返りが戻ってきた。


 時折、部下から、「オーナーの本業は、マフィアのボスではなく島の運営だ」と揶揄する声が聞こえてくる。オーナーはその言葉を鼻で笑うだけだった。


 マフィアは、オーナーが裏社会でのし上がるために必要なものだった。この組織がなければ、今のオーナーの地位はない。

 だが、その地位を、組織を、ヴァンサン・ブラックは奪いに来た。

 力で向かってくるものなら、対抗するのは容易かったのに、力ではない方法を執られた。


 組織が資金を動かすために作っていたペーパーカンパニーは、事業を行っていると見せかけるために株式発行をしていた。その株式が、幹部の一人によって、勝手に買収されていた。その幹部は、ある男と繋がっていた。

 

 幹部に株式買収を指示し、金を渡したのはヴァンサン・ブラック。

 

 幹部の裏切りに気づいて調べたところ、オーナーが代表となっているペーパーカンパニー八つすべての株式が、ヴァンサン・ブラックのものになっていた。

 オーナーはすぐに、ヴァンサン・ブラックへ連絡をした。

 だが、ヴァンサン・ブラックは会おうとしない。会うために出してきた条件は、租税回避地として作り上げた島の土地すべてと、管理運営権の譲渡。


 ペーパーカンパニーに保管させていた金はまるまる、ヴァンサン・ブラックが利用できる状態になっている。今この組織の手元に残っている資金は、必要経費を賄うことすらままならない程度の金だけ。

 言われた通りに島を譲り渡し、せめてペーパーカンパニーに保管させていた金だけでも取り戻さなければ、この組織は空中分解する。

 資金さえあれば、もう一度、島を取り戻すこともできるはずだ。


 オーナーは、島の土地譲渡を催促する手紙を手に、何度も溜め息をついている。

 

 租税回避地である、あの島の所有権を含めた全ての権利。巨万の富を生んだ島。

 愛しいケリーの住まう島。


 この組織を守るための決断とはいえ、島に残したままの部下、愛しい恋人の身を案じたオーナーは決心する。


 島へ行こう、と。


 

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