2.


          *


 

 さっきから、食べたものの味がしない。

 

 何故かはわかっている。

 ヴァンサンは、その綺麗な顔で、毒気のない素振りを見せて、相手を油断させる。

 

 ジェレミーは、似合わない愛想を振りまきながら、相手を常に値踏みしている。

 

 私は、目の前の二人の腹を探るのにいっぱいいっぱいだ。

 

 最高級のフレンチを、このメンバーで食べているのが良くない。


 

 食べ物は、誰と食べたのかが大事で、味や店の評価は、もっと繊細な人がすればいい。

 今の私には、ケリーの店で食べた、フォンダン・オ・ショコラが恋しい。

 

「二人は、昔から仲良いの?」

 私が尋ねると、ヴァンサンはジェレミーに顔を向け、微笑む。

 

「僕とジェレミーは兄弟として育ってるから、ね」

 ヴァンサンの言葉にジェレミーは小さく頷くと、その言葉を引き取って話を続けた。

 

「俺が7歳の時。ヤク中だった俺の母親が、俺の父親を撃ち殺して自殺した。一人残された俺を、ヴァンサンの親が拾ってくれた」

 ジェレミーの家庭環境はそれなりに複雑だけども、

「僕のパパは、ジェレミーのお父さんのお兄ちゃん」

 ヴァンサンの家庭環境は落ち着いていたのだろうな、と思わせる話しぶりだった。

 

「ジェレミーさんの方が歳上?」

 ヴァンサンに比べ、涼しげな目元や通った鼻筋が印象的で、落ち着いた空気を持つジェレミー。

 兄弟として育った、というのなら、兄はジェレミーだ。

 

「いや、ヴァンサンと歳は変わらないよ。何なら、ヴァンサンの誕生日の方が先。あと、ジェレミーと呼び捨てでいい。ヴァンサンも呼び捨てで」

「双子みたいにコーディネートまで揃えているのも、昔から?」

 私の前にいるのは、顔以外は鏡像のように揃っている二人の男。

 お互いに仕草までコピーしているのか、二人がグラスを持つ手の角度は、まるで一緒だ。

 

「そう。背格好が同じくらいだから、服も一緒にした。どっちがヴァンサンかなんて、後ろから見たらわからないでしょ」

 そう言ったジェレミーは、貼り付けたような愛想笑いを浮かべながら、グラスを軽く回している。

 

「だから、ヴァンサンの影武者として、俺はちょうどいい」

 なるほど、だからジェレミーはここまでヴァンサンに容姿を寄せているのか。ジェレミーの回答で、やっと納得できた。

 

「違うよ。僕はジェレミーほどの能力がないけど、ジェレミーは僕の代わりになれる」

 ジェレミーの言葉を否定したのは、ヴァンサンだった。

 

「僕たちは、どっちもヴァンサン・ブラックなんだからね」

 私が思っていた通り、二人で「ヴァンサン・ブラック」という肩書ブランドを作り上げている。

 

 ビジネスでも手を組むようになると、血の繋がりよりも濃い関係性になることも、あるんだろうか。


「イヴァンが『神の杖』やその関連データに固執していたのは、周知の事実なんだよね。ミシェルのお母様への執着よりも強かったかもしれないくらいには」

 少し赤らんだ顔でワインを飲み干すヴァンサンが、私を小馬鹿にするように笑う。ヴァンサンは、さっきからワインを何杯も飲んでいる。

 しかし、皿の上のパテ・ド・カンパーニュは一向に減らない。悪酔いするタイプの飲み方をしている、と思った。

 

「何の話だかさっぱり」

「僕は、噓つきを見抜けるんだ」

 牛フィレ肉の次に届いた肉料理へナイフとフォークを入れている間も、ヴァンサンは話しかけてくる。

 

「嘘じゃない」

 苦笑してヴァンサンに言葉を返しつつも、視界の端でジェレミーの様子を確認する。こちらの一挙手一投足を見逃すまいとする、ダークグリーンの鋭い視線が刺さってきた。

 

「知らないことを知らないと言っているだけ。嘘はついていない」

 マナー違反は重々承知で、テーブルの上にスマートフォンを置いた。飲食店で、しかもこんな高級な店でやる行いではない。

 

「荷物でも何でも調べたらいい。そのスマートフォンも調べていいよ」

「ありがとう。調べさせてもらうね」

 ヴァンサンはテーブルの上に置いた私のスマートフォンを手に取り、そのままジェラシーに渡す。ジェレミーは、自身のスマートフォンを取り出すついでに、私のスマートフォンを胸ポケットにしまった。

 

 ジェレミーが自身のスマートフォンでどこかに電話をかける素振りを見せ、私の部屋の荷物を確認しろ、と指示を飛ばしている。

 ここで私たちが食事をしている間、手下に荷物を漁らせるつもりなのだ。

 

「ここで見つからなかったら、『神の杖』にまつわるデータは、護衛ボディーガードに持たせたと思っていいんだろうね」

 ジェレミーは口角だけを上げて、顔を笑っているように見せた。ダークグリーンの眼は一切笑っていないから、不自然な笑顔になっている。

 

「濡れ衣なんだけどな。かわいそうに」

 そんなものは存在していないのに、あると思い込まれて、ここまで追われる羽目になるとは想定外だった。

 

 この二人が求めるものは、存在しない。

 そのせいで彼が追われることになったとしても、スマートフォンを渡してしまったし、私ができる連絡手段は何もない。

 

「ところで、その護衛はどこにいる?」

 ジェレミーは椅子から腰を浮かして、私の目の前に顔を寄せてきた。

 不自然な笑顔と、疑り深い深緑色の眼が私を見ている。

 

「それは、こっちの台詞ですけどね」

 ジェレミーの質問に、満面の笑みで返した。

「わざわざ元クルネキシア軍の人を、ここへ呼び寄せたくせに」

 私が言い終わるとすぐに、ジェレミーの舌打ちが聞こえた。

 

「いつから見抜いて」「ジェレミー」

 ジェレミーがうっかり口を滑らしたところを、ヴァンサンが腕を掴んで止める。勢いをがれたジェレミーは、渋々といった様子で椅子に座り直した。

 

「認めちゃったね。はったりブラフだったのに」

 ジェレミーにとって一番腹が立つだろう顔で、言ってやった。

 ヴァンサンは、苛立った空気が漂う私とジェレミーのやりとりを眺めながら、手を叩いて笑い出す。

 

「ミシェルが今ほしいものってなぁに?」

 楽しそうに笑っていたヴァンサンが、唐突に聞いてきた。

 

「心の平穏」

 質問に対して、私は少し食い気味に返事する。

 

「即答!」

 ヴァンサンの、人を食った態度は、懐かしいと思わせる要素がたんまりあった。

 

 かつての知り合いにも、こういう性格の人がいた。

 記憶の中にある苦い感情が、不意にぶり返してくるのを、ゆっくり瞬きして堪える。

 

「ミシェルの心の平穏には、何が必要?」

 穏やかな声で問いかけるヴァンサンの声は、耳心地がいい。だから余計に、私の警戒は跳ね上がる。

 

「お金、時間、友達」

 私が適当に捻り出した答えを聞いたヴァンサンは、手を差し出してきた。

 

「じゃあ、僕と友達になろ?」

「え、ヤだ」

「即答すぎない?」

 ヴァンサンの手を、私は握り返さない。


 


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