6. Talk about Alice

1.



         ***

 


 砲撃を受けて、僕は頭蓋骨が欠けた、らしい。

 

 目が覚めてしばらくは、体が思うように動かなかった。リハビリも含めて、何ヶ月も入院しないといけなかった。

 

 僕の町と家は、隣の国からの砲撃でボロボロになった。

 

 ママは、瓦礫の下敷きになって死んだ。

 僕が目覚めた時には、埋葬された後だったそうだ。

 街の外れの空き地に、穴を掘って埋めるだけの、簡単すぎる埋葬だったらしい。まだ、お墓には行けていない。

 

 パパは生き残ったけど、僕の見舞いには一度も来なかった。

 ママを失った後のパパは、ひどく打ちひしがれて、起き上がることすら、できなくなったらしい。

 別に会いたくなかったから、どうでもいい。

 

 家の近くに住んでいた親戚は消息不明と聞いたけど、もう死んでいるんじゃないか。

 

 だから、僕は一人で、入院生活を送っていた。



「ライオニオ」

 夕食の時間間近のタイミングで、赤毛のおばさんは顔を出しに来た。

 ライオニオ、と僕の名前を呼ぶ声は明るい。

 

 このおばさんは、アリス――アリスティリア・ヤシルド=リングネンツェ。


 砲撃を受ける中、僕を助け出した命の恩人。

 そして、軍でもいろんな功績を挙げて、勲章をたくさんもらった、軍の人。

 

 その時の僕はベッドの上で、アリスから以前差し入れされた外国語の学習音源を、ヘッドフォンで再生していたところだった。


 アリスは狭い病室の、僕のベッドサイドに大量の荷物を運び入れた。

「元気にしてた?」

 アリスは、いつもお菓子を山ほど袋に詰めて、僕の見舞いに来る。

 

「みんなの分もあるからね」

 子供しかいない病棟へ見舞いに来るたび、アリスはお菓子を大量に持ってくる。それをみんなに配るのは、僕の仕事。

 

 申し訳程度の椅子にも座らず、アリスはせっせとお見舞いの品を、僕にも渡してくる。


「いっぱい勉強してるじゃない、ラッキーボーイ」

 アリスは自身の耳を指差して、ニコッと笑った。笑うと形のいい八重歯が、ちょっと見える。

 時たま、僕をライオニオじゃなくて「ラッキーボーイ」とも呼ぶ。

 

 勉強してるのは暇だからだよ、と僕は説明する。

 だって、入院生活は本当に暇だ。

 語学学習にかこつけて、ヘッドフォンをすれば、空襲警報のサイレンや、砲撃の音をシャットアウトできる。その方が、僕は落ち着く。


「ライオニオも、元気になったら軍に入る?」

 からかうように言ったアリスに、僕は激しく首を横に振る。

 大袈裟なくらいに拒否しておかないと、アリスによって勝手に入隊させられてしまうと、僕は思い込んでいた。

 

「そりゃ嫌だよね」

 アリスは困ったように笑った。


 

 退院後、僕はアリスのもとで暮らすことになった。僕が、父のもとへ帰るのを拒んだのだ。

 アリスは父と話し合ったり、僕の養育権を得るために、裁判所に何回も通ってくれた。

 でも、正式な養子縁組ではない、らしい。養育者を一時的にアリスにしただけ? 結局、どういう扱いになったのか、よくわからない。

 とにかく、僕が退院した日から、アリスは、親代わりの存在になった。





 

 故郷の国は、夏が短かった。

 あと二週間もすれば、上着が欲しくなる時期になる。

 でもこの時の陽射しは暑かったし、薄着で外を出歩けるのは、気分が良かった。

 

「ライオニオ」

 退院の日、僕の荷物を持ったアリスは、そっと手を繋いできた。

 木洩れ陽の下、逆光の中で見たアリスの顔は、よく見えなかった。

 

「今日から、二人で生きていくよ」

 繋いだ手の温かさは、ママみたいだった。

 前を向いて歩く姿は、戦争に行く前のパパみたいだった。


 アリスは、優しくて強い。

 僕は、アリスのことをよく知らない。

 カールの強い赤い、ショートカットの髪。濃いブラウンの瞳。笑うと八重歯が覗くこと。それくらいしか、知らない。

 

 でも、この手の温もりと、頼もしい横顔から伝わるものは、きっと嘘じゃない。



 

 その日から、僕たちは二人。

 家族として、生きてきた。

 



 

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