4.
「ホントにいきなりブチ込んでくるね」
イヴァンの名前が出てきて、思わず苦笑いが出てしまった。
にこやかに私の顔を見ているヴァンサンに反して、ジェレミーの表情は硬くなった。
何かを話す時。交渉事。そういう場面では、ヴァンサンがメインで動く。
武器商人・ヴァンサン・ブラックは、ヴァンサン一人のことではない。
ジェレミーと二人で、「ヴァンサン・ブラック」を作り上げているんだと、気づいた。
「イヴァンが死んで、南アメリカと中央アジア、中東あたりの市場の独占状態が解除された。って言うのは、知ってるよね?」
「知ってる、っていうか、まぁそうなるでしょうね」
私はもう武器商人ではない。市場がどうなろうと、私が知っていても仕方ない話。
「僕は、有力な武器商人さんに、そっち方面の営業代行やっておくよ〜って言って、協力してあげた。だから今の僕は、この地位にいる」
大物武器商人が回りきれない得意先や新規顧客のもとへヴァンサンが代わりに行った。
そこで一定の成果を出して、大物からは気に入られ、取引先からの信頼も得たのだろう。
だとしたら、立ち回りが非常に上手い。
「今どんな地位にいる人なのか、教えてもらっても? 私は業界を引退して長いから、あなた方を存じてなくて」
知らぬ存ぜぬを決め込む私の問いかけに、ヴァンサンは身を乗り出してきた。
「イヴァンの後釜♪」
すごく気軽に、答えが返ってきた。
「へーそーなんだー」
気をつけようとしていたのに、やっぱり棒読みになってしまう。
「僕の後ろ盾は、僕を操り人形にしたいだけなんだよ」
ヴァンサンは、自分が操り人形になりつつあることを知っている。
「
浮かべていた笑顔をすっと消したヴァンサンは、真剣な表情で私を見た。
「でも僕は、そんなことさせない」
華やかなのに、背筋に寒気を走らせるには十分な殺気が、ヴァンサンから漂う。
「そんな話は、初めて会った相手にしない方がいいと思いますけど」
苦笑いしながら、ヴァンサンが座る椅子の後ろに立つジェレミーに視線を遣る。ジェレミーは硬い表情のままだ。
「実は、ミシェルにも協力してほしいなと思ってて」
殺気を垂れ流していたのが嘘のように、ヴァンサンは柔らかに微笑んだ。
「私は引退したから、そういう話には無関係ですよ」
「その昔、欧米が開発途中で放棄した新兵器の話、知ってるでしょ?」
私が言い切るかどうかのタイミングで、ヴァンサンは矢継ぎ早に言葉を詰め込んできた。
「一方、ロシアやその友好国は協力して開発を続けて、その新兵器を乗せた軍事衛星を打ち上げた。
なのに、突然爆発して消えちゃった」
そんなものは、
「その兵器は『神の杖』と呼ばれていた。ミシェルも知ってるでしょ?」
自信満々に、私が知っていると主張されたものの、私は首を傾げるしかない。
ヴァンサンとジェレミーは、私の反応を探っている。
「ロシア周りの関係各国が打ち上げたのは、一年前に鉄屑となった。だからもう脅威じゃない。
けど、今になって欧米は、その設計図やデータの必要性に気づいたんだって」
ヴァンサンは優しく語りかけてくる。ジェレミーの眼は、鋭く私を見下ろしている。
「ミシェルと僕は、その情報を使って、これから表舞台でもっと活躍できる」
ヴァンサンは、余裕の笑みで、含みがある言い方をしている。
その態度に私は困惑して、サイドテーブルに散らばったチョコレートを眺める。
「ごめんなさい、なんのことだか。全然わかんない」
私は顔を横に振り、俯く。本当に困り果ててしまった。
「情報を売りたくなったら教えて。一番高く売れる相手を紹介できる」
ここでやっとジェレミーが、口を開いた。
ヴァンサンの前に出たジェレミーは、私の視界からヴァンサンの姿を隠す。
ジェレミーの眼は少し血走って、私の髪の毛一本の動きまで、警戒している。
「マジで、なんの話かわかんない」
二人から詰問めいた話し方をされて、私は首を横に振り続ける。
「……嘘でしょ」
しばしの沈黙の後、ヴァンサンが鼻で笑ったのが聞こえた。ジェレミーの背中にいるヴァンサンは、今どんな顔をしているのだろう。
「なんの話をされてるのか、わからない」
俯いた状態で、テーブルのチョコレートが何個裏返っていて、何個が表か数える。現実逃避もいいところだ。
その隣で、ヴァンサンとジェレミーが、ぼそぼそと会話している。
耳を澄まして聞き取れる範囲では、私が何も知らないと主張するのを疑っているのがありありと伝わってきた。
この人たちに信用されようなんて、ハナから思っていない。
俯いているうちに、口角を無理矢理上げ、笑顔を顔に貼り付けた。
「目の前でコソコソ話されるのって、気分悪いかな」
顔を上げて、苛立ちを言葉の端々に滲ませながら言うと、ヴァンサンはばつが悪い顔をした。
「じゃあ、あっちで話の続きをしよう」
ジェレミーはそう言って、窓の外を指差した。その指先の向こうにあるのは、硝子の塔。周囲の建物よりも、群を抜いて背が高い。
「宿泊場所が変わったことをケリーに報告しておかないといけないから、先に帰っててください」
この人たちを連れて、「No.7」に行こうとは思わない。
「じゃあ、ケリーとオーナーに伝えておいて」
ヴァンサンの手が、私の右手をグッと掴んだ。拳銃を握る左手に、思わず力が入った。
その瞬間にも、ジェレミーの殺気が色濃くなる。
「僕と仲良くなれば、損しないよって」
思いの外、右手を掴むヴァンサンの手の力は強い。
にこやかに笑う中で、ぎらりと光るエメラルドグリーンの眼が、私を挑発している。
「了解」
ヴァンサンの手を振り払おうとすると、途端に手の力を緩めて、あっさりと離れた。
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