2.

          *




 ケリー・オーウェンズ。28歳。

 生まれも育ちも、この島。


 この島は約二十年前、この島の土地はある人物に丸ごと買われた。

 購入者は、メキシコとの国境付近のエリアで一大勢力を持つギャングのボス。オーナーと呼ばれる人物だ。

 オーナーは、自身の別荘地として、そして租税回避地タックス・ヘイヴンとして機能させるために、この島を丸ごと手に入れた。


 ケリーはその時から、オーナーが面倒を見て、育て上げた、腹心の部下。

 オーナーがこの島に現れるのは年に二回あるかないか。

 なので、この島の管理、実務はケリーが代行している。


 ただの観光地と思いきや、こういう厄介なバックグラウンドがあるのだ。

 

 残念ながら私は、裏社会に片足を突っ込んでいた時代がある。

 この島の裏社会とも、上辺だけの付き合いが続いている。とても不本意だけど。

 

 今日もいきなりケリーに呼び出されたから、「No.7」に来てみたものの、オーナーと会うように言われるだけだった。何度目のお誘いだろう。

 

 オーナーが私と接触したがるのは、この島に来た当初からだ。

 そのたび、のらりくらりと躱し続けた。

 何せ、今の私は武器商人ではないし、何者でもない。ただの民間人なのだから、お呼び立てされる筋合いがないのだから。


 なのに、昔の繋がりが私を雁字搦めにしようとしている。

 この島も、早めに出て行くべきなのかもしれない。

 

 重い気分で「No.7」のドアを開けた。

 けれど、そこに待っているはずの、私のは、いなかった。


 スマートフォンをボトムスのポケットから取り出し、何かメッセージがないか確認してみる。

 でも、何にも連絡はない。


 

 ――何かが起きた、もしくは、何かが起きそうだと察したんだ。

 


 私の背後から、あからさまに感じる気配は、彼ではない。

「どこの誰かな?」

 そう言いながら、羽織っていたシャツの袖の下に隠していたナイフを出し、背後に寄ってきた気配に向かって刺した。

 

「言わないなら、このまま殺すけど」

 ナイフを刺したのは、左太腿付け根の動脈。一応、気を遣ってナイフは抜かなかった。

 背後にいた気配は派手に地面へ転がっていった。

 

「……頼まれた」

 呻きに混じった返事は、私の質問に対して、満足に答えてくれそうにない。

 目の前で地面に転がるのは、私より少し若い男の子だった。顔や背格好の前に、唇につけた十個近いピアスの方が印象に残る。

「クソが」

 私は屈み込み、自らの左太腿に刺さったナイフを抜こうとする少年の手を押さえる。少年は、舌打ちして私を睨みつけた。

 このナイフを抜いたら失血死してしまう、とは理解できていないみたいだ。

「キミに頼んだのは、オーナー? それとも違う人?」

 島一つ買えるほどの財産を一代で築いたオーナーが、こんな短絡的な襲撃を仕掛ける小物には思えない。

 おおかた、下っ端の下手な野心が暴走した、と見る方が良さそう。

 

「お前を、連れて行く」

 少年は屈みこんでいる私の胸ぐらを掴み掛かる。

 出血量がそこそこ増えてきて、少年のボトムスは左側だけ、血の色に染まっている。


「頼んだのがオーナーなら、ケリーちゃんを仲介すればいい話なんだよね」

 無理やりでも連れて行こうとしたのかもしれない。それにしては不自然。経緯が釈然としない襲撃だと思った。

 どちらにせよ、この島はケリーの本拠地ホームなのだから、ケリーの顔を潰すのは許されない。ギャングの社会は、意外と縦関係が厳しいというのに。

 

「俺がお前を、連れて行く」

 この半年、ケリーから何度もオーナーと会うように声をかけられているのを、私がぞんざいに扱っている。それが、ケリーの評価を落としていたなら、申し訳ない気はした。

「ヤだ。キミとは行きたくない」

 あっさり拒絶した私の顔を見て、少年は顔を歪める。痛くて泣きそうなのか、怒っているのかわかりにくい。

 胸ぐらを掴む少年の手を振り払い、そのまま少年の顔を平手打ちした。

「ごめんねぇ? 誰に頼まれて、どこに行くのか、行先と目的をちゃんと言わない男とは、遊びたくないんだわ」

 どう転んでも、厄介そうな匂いがする。この少年から聞き出したところで、黒幕の名前は出てこないだろう。自分のところに辿り着かないように、わざとこんな下っ端を使ったのだから。

 

 ケリーに迷惑がかからないうちに、この島から撤退しよう。

 

「間違っても、このナイフは抜かないようにね。死ぬよ。今から救急車を呼んであげるから、ちゃんと処置してもらって」

 ナイフを抜こうとしていた少年は、すぐにナイフから手を離した。

 私は立ち上がり、スマートフォンから救急車を呼ぶ。電話しながら、地面にへたり込む少年から距離をとっていく。

 それでも少年は私の後を追おうとしたが、左足は意志と裏腹に、一ミリも動こうとしないようだった。

 とはいえ、同情の余地はない。



 

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